夏の人 1

 毎日お暑うございますが、いかがお過ごしでしょうか。
 お盆休みは大変ありがたいのですが、普段職場で快適室温に慣れている身としてはこの日中の暑さが半端なく辛いです(>_<)

 
 以下、前回の記事に鍵付きでコメントを下さった方へのお返事になります。

  ひょえぇぇぇええΣ(´Д`*)息子さんにそんなお顔を見られてしまいましたか!今度からエロ・微エロのときは【背後注意!】と一言書き加えさせていただきますね……。今回のシリーズは大丈夫かと思うのですが……(予定は未定)本当、連日暑さが厳しいですねぇ。私は夏バテどころか溶けてしまいそうな勢いですが、どうぞそちらも熱中症等お気を付けくださいませ!いつもお読みいただきありがとうございます(^_^)


 さて今回のお話は、少しだけ注意書きをさせてください。拙宅のSSは暴君度100%のものになりますが、今回のお話はオリキャラがいつも以上に出張っております。「オリキャラNO!」というお姉さま方には受け入れがたい連作となりますことを、この場でお詫びいたします。申し訳ないです。
 今回出てくるオリキャラは、これまでに何度も登場した某私設秘書君と、1年ぶりの登場になるこちらのお話に出てきた彼です。漸く再登場させることができ、blue的には満足です☆
 暫く連作となりますが、少しでもほっこりとしていただければ幸いです。


 ではでは、よろしくお願いいたします。







「多村ぁ、お前昼飯終わった?」
 
 思いがけず近いところから呼びかけられ、ピント調節をしていた手元が狂った。
「……~びっくりした。驚かすなよ」
「あは、悪い悪い。お前の顔見たら思い出したことがあって。で、終わった?」
 コイツ、絶対悪いと思ってねぇだろ。
 この同期は決して悪いヤツではないのだけれど、よくも悪くも大変マイペースな人間だ。なので本人の申告通り、こちらの顔を見て本当に急に何かを思い出したのだろう。これぐらいで腹を立てていたらコイツと友達なんてやってられない。
 覗き込んでいた顕微鏡から身体を起こし、傍に突っ立っていた同期に向き直る。
「いや、まだ。このシャーレの記録が終わったら出ようと思ってるけど」
「そうか、なら良かった」
 何が良かったなのか。
 話が読めずに首を傾げると、同期が少しだけ身体を屈めてきた。そして声を潜めて
「――あのな、学食にあの女がいた。先週だったか、お前を探して大騒ぎした、」
「先週……――げっ」
 誰のことを話しているのかに思い至り、思わず盛大に顔が歪んだ。そんな俺を見て、同期が重々しく頷く。
「そう、あの女だよ。理学部の。自称・お前のカノジョ」
「いやそれマジで勘弁……なんで一度飲みに行っただけでそうなるんだよ……」
 思わず脱力して椅子からずり落ちそうになる俺を、同期が可哀想なコを見るような目で見守ってくれている。普段ならこういう話題のときは散々弄ってくる同期なのに、今回の件に関しては一切それがない。まぁ突然ヨソの科の研究棟に飛び込み、片っ端から人の名前連呼するような女子にロックオンされたとなれば、さすがに憐れみの目を向けてくれるようだ。
 本当にただ一度だけ二人で飲みに行っただけなのに、どうして一足飛びにそういう関係性になるんだよ。
 騒ぎの後に別の同期が仕入れてきた情報によると、どうやら元々そういう地雷を持ったコらしい。理学部内では相当有名な話だったようで、つまりは完全に俺のミスである。知っていれば、飲みになんて行かなかったのに。
 椅子からずり落ちた衝撃で傾いだメガネを掛け直し、とりあえず知らせてくれた同期にお礼を述べた。
「ありがと。じゃあ別んとこに行くわ。さすがに顔を合わせたくないし」
「モテるってのも大変だよなぁ……一度でいいからそうやって女の子から追われる立場になってみたいわ」
「かわるか?」
「いや、遠慮しとく」
 ですよね。


 その後の作業を友達甲斐のない同期に引き継ぎ、真夏の日差しが照りつける外に出た。この暑さのせいか見える範囲に人影は見当たらない。みんな空調の効いた室内に閉じこもっているのか、それともこの暑さで溶けてしまったのか。
 なるべく日陰を選んで歩きたいものの、太陽がまだ中天近くにあるため出来る日陰も非常に短い。ならばできるだけ移動距離を短くしたいが、いつも行く近くの食堂には行けないときた。面倒で仕方がないけれど、今日は普段足を向けることのない文系の学部が集まるエリアの学食に行くことにする。ちょうど農学部と対角線上にあるため、入学してからまだ一度も利用したことはない。かなり面倒臭いが、自分の蒔いた種だと割り切れば仕方ないだろう。

 しかし、なぁにが“カノジョ”、だ。

 今それが自分に必要だとも思わないし、研究優先の生活の中に “カノジョ”の入る隙間はこれっぽっちもない。要領がいいヤツならそういう隙間も作れるだろうけれど、あいにく俺にはそういう機能は標準装備されていないのだ。それに、まぁ、正直、そっち方面では困らないので(それがこの事態を招いたということは重々承知)、本当に自分が心から求める女性に出会わない限り自ら積極的に動くことはないと思う。
 なんて、少々夢見がちなのは許してほしい。というのも、身近に年季の入ったバカップル(注・本人たちはそう思っていない)がいるため、どうしても恋人像のハードルが高くなってしまうのだ。一般的な形ではないかもしれないけれど、あんなふうにお互いを大事にしあえる関係性は本当に理想だと思っている。あの二人ぐらい相手から想われたいし、自分からも想いを返したい。そう思える相手でなければ付き合いたくないのだ。


 ――全くもう、あの二人は俺の恋愛事情にこんな影響を与えていることをもう少し自覚してほしい。

 二人とも口を揃えて「いい加減落ち着け」というけれど、誰のせいで理想が高くなっていると……。







 そんなことをつらつらと考えながら目指すエリアに到着すると、意外なことにちらほらと人影があった。この時期は一般向けのセミナーや講習会があったりするので、おそらくそっちの関係者なのだろう。このクソ暑い中スーツだなんて、ご愁傷様としか言いようがない。心の中で軽く合掌しつつ近くの案内図で学食の位置を確認すれば、どうやらあの大きな建物が目指す場所のようだ。さっさと涼しい室内に入らなければ本気で命の危険性がある気がする。



 と、足を向けたその先に、見覚えのある人物が視界に入った。

 

 僅かにできた木陰に佇むその人は、ダークグレーのスラックスに白いシャツ、ネクタイこそ緩められているけれど長い髪はいつもよりきっちりと一つに結わえている。もちろん、服装にあわせて足元にはきちんと革靴が合わされていて。
 長めの前髪の隙間から、印象的な丸メガネが見えた。


(あれ、今日って打ち合わせでもあったっけ?)


 普段は学生と見間違うような格好を好むあの人が正装をするときは、外部とのやりとりがある場合に限る。確か今日はどことの打ち合わせもなかったはずだし、来客がある予定もなかったと思うのだけど。
 自他共に認める私設秘書である俺が知らないだなんて、何か急な予定でも入ったのだろうか。しかし、それならそれで何かしら連絡(という名の雑務処理命令)がありそうなのに。そもそも何でこっちのエリアにいるのか。

 ともかく本人に確認しようとした矢先、その人物は誰かに呼ばれたのか背後を振り返ってこちらに背を向けた。そしてそのまま振り向くことなく近くの建物の中に入っていく。

 身体の方向転換をするときに一瞬目があったような気がしたのだけれど、何のリアクションもその顔には見られなかった。


 後に残された俺は、暫くアホみたいにその場に突っ立っていた。








「おう、こっちのファイリングは今週一杯でいいからな」
 首を傾げながら昼食を終え帰ってくると、実験室はピリッとした空気に包まれていた。その原因が今自分の目の前でコーヒーを啜っている“農学部の大魔王”こと巽先生にあるということは学部全体の共通認識で、先生が実験の進捗状況を確認しに来ただけでもこういう空気になるのだ。そのため、一通りチェックを終え、「気ィ抜くんじゃないぞ」と一言残して先生が去って行ったときは、室内の至る所から安堵のため息が聞こえてくるのも致し方ないというべきか。しかし、今日は珍しく誰も怒鳴られなかったと、学部生が感激した様子で話していたっけ。
「……先生、今日は朝からその格好でした?」
 実験室を出て行った先生を追いかけて研究室を訪ねれば丁度俺を呼び出そうとしていたところらしく(「手間が省けた」と喜ばれた)、そのままデータ整理の仕事を仰せつかった。先生手ずからコーヒーを淹れてくれたので、現在それをブラックで美味しくいただきながらの作業中だ。
「あ?そうだが?」
 意表をつく質問だったのか、キョトンとこちらを見る先生の眉間にいつものシワがない。基本的に講義があるときはトップスにアイロンのかかったシャツを合わせることの多い先生だけど、夏季休暇中は夏休みモードなのかいつも以上に格好がラフだ。先生のそっくりさんは完全に仕事モードの装いで、必要がないかぎり先生があんな格好をこの時期にするはずがない。因みに今日の先生は細身のパンツにVネックのサマーニットと、先生にしては珍しくオシャレな装いをしている。
「いや、なら良いです」
「なんか変か?」
 いやいや全然。慌てて首を振ると、先生は明らかに無理やりとわかる憮然とした表情を浮かべた。
「ならいいけど。――今日、森永が最近仕事で行ったっていう焼き鳥屋に行くんだよ。やたら美味いらしくてなかなか予約がとれない店でな。森永もツテを辿って予約したらしいんだが」
 あ、なるほど、今夜はデートでしたか。だからちょっとオシャレしていて機嫌良さげなんですね。
 先生はいかにも「面倒くさい」といった調子で話しているけれど、どことなく嬉しそうな雰囲気は伝わってくる。といっても、多分こんな微妙な変化に気付くのは私設秘書の自分ぐらいだろうけれど。

 ったく、日々こういう姿を見せられているから、俺の恋人に対するハードルが上がるんだっつーの。

「そうだ、お前も来るか?一人だったら増えても大丈夫だろ」
 いやいや何言ってんすか。
「せっかくですけど、俺、今夜はバイトが入ってて」
「そうか、じゃあまたの機会にな」
 バイトが入っているのは本当だけれども、そうじゃないにしてもわざわざ二人のデートを邪魔するほど野暮ではない。それに先生は良くても森永さんからどう思われるか。俺は平和主義だ、下手に恨みは買いたくない。

 その後、服装や二人のデートの話題は蒸し返されることなく、夕方まできっちりと秘書業務という名の下働きを全うした。

 先生のそっくりさんがいたことを話そうかと思ったけど、せっかくのデートで機嫌のいいところに話すコトでもないだろうと思いなおし、自分の胸にしまっておくことにした。もしかしたら自分の見間違いで実は全然似てなかったかもしれないし、丸メガネに見えたのも角度のせいかもしれないし。
 というか、農学部の大魔王のそっくりさん登場という噂が流れでもしたら、間違いなく農学部全体が恐慌に陥ってしまう。巽先生はいよいよ分身の術を覚えたのか、と絶望に打ちひしがれる学生も多数出てくるだろう。下手するとショックのあまり自主的に夏季休業を延長する輩も出てきかねない。
 だから寧ろ見間違いであるべきだ、と結論付け、普段より早めに研究室を後にする先生を笑顔で見送った。うん、そうだよ見間違いだなきっと。


 あーあーそんなに無理して眉間にシワ寄せなくても。明日は学科会議が入ってるんで、今夜は飲みすぎないでくださいねー。






 *



 しかし、その祈りにも似た推測は、早くも翌日に打ち砕かれることとなった。



 *





 今俺の目の前に立つ人物はどこの誰だ。
 確か今日の巽先生はいつものジーンズに薄いグリーンのコットンシャツを羽織っていて、こんなハーフパンツにTシャツ、ビーサンといった超絶ゆるゆるの格好ではなかったはずだ。しかもN大に入学してからというもの先生が髪をシニヨンに結わえているところなんて見たことない。

 でも、しかし。

 この男の顔はなんだ。丸メガネというアイテムがなくとも、この切れ長な目や通った鼻筋、どちらかといえば薄い唇といい、眉間のシワがないとはいえ巽先生とそっくりではないか。いや、こうしてみると先生よりも日に焼けていて男っぽい、か?決して先生が女っぽいというわけではないけれど、このそっくりさんにキレイという形容詞はあまり似合わない気がする。

「……巽先生のご親戚か何かですか?」

 思わず呟いた言葉にそっくりさんが目を見張る。ただでさえ突然飛び出してきた俺に驚いたはずなのに、更にその瞳が丸くなる。そういう顔ですら先生と似ているものだから、軽く俺の頭の中が混乱した。

「――俺と似た巽先生って、もしかして巽宗一さん?」

 骨格がにているからか、聞こえてきた声まで似ているではないか。先生の方が少し低い気がするけれど、あれは単にドスが効いているからそう聞こえているだけかもしれない。
「え?やっぱりご親戚なんですか?」
「いや、全くの赤の他人だよ。何、先生ってことは、巽さん、ここで教職についているの?」
 どういうことだ、赤の他人だけど名前は知っているということは顔見知りか何かなのか。
 まぁ日常生活でこんなそっくりさんに会ってしまったら声をかけずにいられないだろうけども。
 質問に対して俺が頷くと、そっくりさんは心から驚いたように目をパチパチとさせている。そして「あぁ、そういえばN大だったよなぁ。そっか、先生になったんだ」とどこか嬉しそうに呟いた。こちらに聞かせるわけではなかったのだろうけれど、聞こえてきたその内容は二人が過去に何かしら接点があることを示唆していた。その懐かしそうな口ぶりからして何か因縁があるわけでもなさそうだったので、親切心から口を開く。
「えっと、先生なら今、研究室に――」
 そこまで言いかけると、つと、そっくりさんが俺の後ろに向かって軽く手を挙げた。その仕草につられて振り向くと、数人の男性が何か重そうな箱を抱えて歩いていくところだった。中身が相当重いのか、皆足元がフラフラしている。
「ごめん、手伝わなきゃ。近いうちに研究室にお邪魔するよ」
 そっくりさんはにっこり微笑む(!)と、俺の肩を軽く叩いて去って行った。

 先生と同じような顔で微笑むとか勘弁してくれ。おそろしく心臓に悪いではないか。

 その不意打ちの破壊力は絶大で、ようやく振り向いたときには荷物を運ぶ彼らの姿は遠く小さくなっていた。








「ということで、学内に先生のそっくりさんがいるみたいです」
「てかなんでこのクソ暑い中、わざわざ南部食堂に行ってんだお前は。夏休み中とはいえこっちの学食もやってるだろうが」
 うだるような暑さの外とは違い、涼しい研究室の中は天国のように思える。文明の利器って本当に素晴らしい。
 こっちに戻ってきてすぐに先生の研究室に向かえば、先生は部屋の中央に置かれたソファーに寝転がって学術誌を読んでいた。コーヒーを淹れる許可をもらい、先生と自分の分をセットする。
「それはまぁ、いろいろ事情がありまして」
「……まぁ聞かなくても大体わかるがな。お前、いい加減にしないとそろそろ刺されるぞ」
 うぐぐぐぐ。
「俺の話は置いといて。その人、本当に先生とそっくりだったんですよ。先生よりも日に焼けていましたけど」
「ふぅん」
「髪はシニヨンっていうんですか、低い位置でお団子にしていて、」
「へぇ」
「それに、先生のこと知っているみたいでしたよ」
「……ほぉ」
 お、少しは興味が出てきてくれたか。
「過去に会ったことがあるような口ぶりでした。先生のこと“巽さん”って呼んでいて、N大だったことも知っていたみたいだから、先生が学生のときのお知り合いなのかも」
 すると先生が起き上がった気配があった。見れば口元に手をやり、眉間にシワを寄せて何か考え込む仕草をしている。
「俺とそっくりな男で巽さん呼び……いや、まさかな、何年前だよ……つーか何でここに」
「心当たりがあるんですか?」
 すると先生はこちらに視線を向け、やけに真剣な顔で

「いいか多村、もし今後そいつを見かけても、今日みたいに近付くんじゃねぇぞ。昼飯はどこか別のところに行け」

 そんなにマズい人物なのだろうか。先生とはいわくのある人物だったとか?おそるおそる、そっくりさんが近々研究室に来るようなことを言っていたと伝えると先生は盛大に舌打ちをした。
「そんなにやばい人なんですか?」
「俺の考えている人物であれば、やばいというより変態だ」
 わぁ。
「それと、俺とそっくりな男がいたことは絶ッ対森永に言うなよ」
 言いませんよ言いません。そんな先生似の変態がいる、しかも先生に接触しそうだなんて森永さんが知ったら、有給をとって警護に来るに決まっている。あの人ならそれぐらいやりかねない。
 絶対にしません、と約束すると、先生は渋い顔のまま軽く頷いた。






 でもそんなやばい人には見えなかったけどな。


 顔が先生に似ているからそう見えなかっただけかもしれないが。



 

 



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