りんご(飴)

 何だか急激に冷え込んできましたね(°_°)
 ここQ州最南端ではつい先日まで季節外れの夏日が続いており、おかげさまで体調及び仕事のやる気がサイアクでした(言い訳)。10月も半ばに入ったのにエアコンの冷房起動って……( ノД`)
 かと思えば昨夜から一気に冷え込みまして。もう何が何だか。
 どうぞ体調管理にはお気をつけください。


 さてさて、今回のお話はりんごのお話です。タイトルからして直球です。
 最近食べ物のお話ばかりが続いています。秋なので、ハイ。


 ではでは、よろしくお願いいたします。







 あれ、珍しい。

 いつものスーパーの出入り口付近に珍しい屋台が出ている。出店自体は珍しいことではなく、普段からも晩ご飯の一品になりそうな唐揚げや焼き鳥、土用の丑の日にはうなぎの蒲焼なんかも売っていたりする。じゃあ何が珍しいかというと、
「ねーおじさん、これください!」
「はーい、ポッピングシャワー一本ね。ちなみにおじさんじゃなくてお兄さんだよー」
 ここからは姿は見えないが、若干軽めな口調の店員が小学生(推定)の女の子に手渡しているのはカラフルなキャンディーに包まれた真っ赤な球体だった。長い棒が刺さったその姿は、見紛うことなく縁日でよく見かけるアレだ。なんでこんなものが祭りでもないフツーの日にスーパー前で売られているのだろう。
 とはいえ結構人気があるようで、また新しい客が店先を覗き込んでいる。好奇心に駆られて視線を向けてみれば、先程の女の子が買っていたカラフルな一本はもちろん、いかにも王道といった深紅に輝いているモノや黄金色の蜜で覆われたモノ、キャラメル?チョコ?でコーティングされ、ナッツのようなものを纏ったモノなどなど……これは想像していたようなよくある屋台ではないのかも。
 物珍しさに思わず覗き込んでしまうと、すかさず中から声がかかった。
「そこの背が高くてカッコイイお兄さん、どうぞじっくり見て行ってくださいねー」
 周囲に男性の姿はなかったので反射的に顔を上げ――瞬時にギョッとした。

 そこに立っていたのは全身黒づくめの男。

「あはは、驚いた?ちょっと早いけどハロウィン仕様ってことで」
 一介の屋台の店員がいかにも怪しげな黒いローブ(しかも裏地は紫)を羽織っているんだ、誰だって驚くでしょうよ。しかもフードを目深に被っているためにその目元は完全に隠れており、顔が全然わからない。口元こそ愛想よく弧を描いているものの、それだけで店員の表情を判断するのは不可能だ。

 これはもう、完全に怪しい。

 しかしこちらが何か返事をする前に、買い物帰りの親子連れが声をかける方が早かった。母親に手を引かれた男の子が瞳を輝かせながら目の前の売り物を見つめている。その純粋な眼差しに思わずこちらの口元も緩む。多分彼の目にはずらりと並ぶ売り物が宝石のように見えているに違いない。屋台特有のオレンジがかった照明が更にそのように見せるのかも。
 店員は怪しいけれど売り物は面白そうなので、帰りに覗いてみようかな。
 まずは中で晩ご飯の買い物をしてから。


 店内への自動ドアを前に振り返れば、賑わう店先の庇には売り物や店員の奇抜さに比してシンプルな『りんご飴』の文字が描かれていた。





「あ、戻ってきてくれたんだねー。いらっしゃい」
 店内で買い物を済ませて立ち寄ってみると、丁度切れ目だったのか店先に客の姿はなかった。先程よりも商品が減っている様子をみれば、短時間でも結構売れたのだろう。相変わらず店員は軽い口調だし店や衣装のナニコレ感も半端ないけれど、不思議と不快感や違和感はない。特にこの店員に関しては、こーいう背格好でこーいうノリの人間が身近にいるような気がする。いや、頭に浮かんでいる人物がそうだとすれば身近でもないか。身近になることはこちらから謹んで辞退申し上げる人物だ。
「これって全部りんご飴ですか?」
「そうだよー。伝統的なりんご飴だけじゃなくて、キャラメルアップルもあるよ」
「きゃらめるあっぷる……?」
「アメリカ版りんご飴、って言えばいいかな。この辺りがそう」
 そう言って店員が指し示したのは、先程目に留まったド派手なりんご飴たちだった。なるほど、アメリカ版と言われたら納得のいく外見かもしれない。ナッツだけではなくチョコやココナッツ、クッキーをくっつけたものまであるではないか。うーん、アメリカン……。
「まぁ外見はともかく、中のりんごは生だから見た目と違ってそんなに甘くないよ。これなら甘いモノがダメな人でも大丈夫かも?」
「……」
 んなわけないでしょ、と心の中で突っ込む。こんな如何にも「自分、甘いですッ!」ってモノを先輩に見せようがものなら全力の顰めっ面が拝めるに違いない。そのあと何故か自分が殴られるというオプションまで想定済みだ。
「もしかしてお兄さん、甘いモノ苦手な人?」
「いや、好きな方ですけど」
「うん、そんな感じがする」
 いやそんな爽やかに「あはは」と笑われても、そんな黒づくめの格好じゃ色々台無しだから。しかも何だ“そんな感じ”って。
 やっぱりこの人をおちょくる感じはあの人と似ている。
 もしかして本人なんじゃないか?
「じゃあキャラメルアップル試してごらんよ。これなんかどう?」
 こっちが悶々としているのに気づいているのかいないのか、店員が一つの売り物を勧めてきた。それは周りにドライフルーツを塗したキャラメルアップルで、他のものに比べたら割と大人しい部類に入りそうだ。いや、うん、まぁ美味しそうだけど、こんなの買って帰ろうがものなら先輩からスーパー冷たい目線が飛んでくること間違いなしだろうからなぁ。
 だけどこんな珍しい屋台に出会う機会もあまりないだろうし、先輩から構ってもらえるならどんな扱いでも喜んでしまう自分がいるのも事実であって。

 そんな感じで悩んでいるのをどう捉えたのか、ススッと店員が身を乗り出して囁いてきた。
「……もしかして、普通のりんご飴じゃ物足りない感じ?」
「え?」
 訝しげに聞き返してみれば、黒づくめの店員の口元はニンマリと笑みを浮かべている。
「そんなお兄さんには特別なりんご飴見せてあげようかな」
 そう言うと店員は身を屈めてゴソゴソしだした。暫くして立ち上がったその手に握られていたのは掌サイズの小さな小瓶。透明なガラス越しに見えるその中身は、人差し指の先端ほどのサイズの球体がぎっしりと詰められている。
 その一粒一粒の色は、さながらルビーように深く紅い。
「はい、これどうぞ」
「……何ですかこれ」


「毒りんご飴」





 * 

 その日の夕食はタイムセールでお買い得だったサバを味噌煮にして、副菜はほうれん草のお浸しに汁物はきのこと納豆の味噌汁、作り置きの蓮根のきんぴらといった和食で纏めてみた。少し味噌が甘かったかなと思ったが、先輩には好評だったようなのでヨシとしよう。

 しかしまぁ、サバ煮はともかく、こっちの甘さはNGだろうなぁ……。

「森永ぁ、なんか手伝いいるか?」
「!い、いや大丈夫です!今持っていきます!」
 慌てて用意してあったツマミとビールを持ってリビングに入ると、風呂上りの先輩がソファーで寛いでいた。毎日うるさく言っている成果か、今日はきちんと髪を乾かしてくれたようだ。
「遅くなってすみません」
「いや、別に構わん。あぁ、グラス取ってくるわ」
「いいですいいです、俺が行きますから!」
 立ち上がろうとした先輩を制してキッチンに戻る。シンク横の作業スペースには、先輩に声をかけられるまで手にしていた小瓶が置かれたままになっている。屋台の照明の下でも鮮やかだったが、こうして昼白色の明るさではその紅の深さが一層際立つ。



『いやぁ“毒りんご”ってのはもちろん冗談だけどさ。使い方によっちゃぁ毒にもなるというかなんというか』

『もちろん法に触れる代物じゃなよ?ただ、ほんのちょーーーーっとだけ、眠たくなる成分が入っているだけで』

『だってほら、りんごといえば毒りんご、毒りんごといえば白雪姫でしょ?この飴を使えば、毒りんごを齧った白雪姫が王子様からのキッスで目覚めるっていうシチュエーションが体験できるんだよ。ロマンティックじゃない?』



 何がキッスだロマンティックだ。つまりは睡眠薬入りのりんご飴ってことじゃないか。
 どうやって家に帰り着いたか思い出せない挙句、荷物を確認すればスーパーの袋の中にこの毒りんご飴が入っていた。いつのまに買ってしまったのか、全く記憶がない。
 そもそもあの屋台は本当にあったのだろうか。や、ここに証拠はあるのだけれど、あんなに怪しい屋台(及び店員)なんて――

「おい、何やってんだ」
「ぎゃっ!!!!」
 振り返れば訝しげに眉を顰める先輩がいた。
「遅いと思ってきてみれば……何だその瓶」
「えと、あの、その、あ、飴です……」
「飴にしては色が毒々しくないか?何の飴だよ」
「り、りんご飴です」
「ふーん」
 それ以上突っ込むことなく、先輩は食器棚からグラスを取り出してキッチンを出て行った。慌ててそのあとを追う。
「先輩、この飴どう思った?」
「はぁ?どう思うも何も、飴なんだろ?」
「うん、まぁそうなんだけど……。今日スーパーに行ったらりんご飴の屋台が出てたんですよ」
「へぇ、珍しいな。祭りでもないのに」
 プシュッとプルタブを引き、グラスにビールが注がれる。こうやって一日の最後に二人で晩酌をする時間はとても大切なもので、お互いメタボに近付かない限りはできる限り続けていきたい習慣だ。
 なぜか興味を惹かれたのか、先輩がガラスの小瓶をその手に取る。
「りんご飴っていったら割り箸に刺さってるアレじゃないのか?」
「まぁ普通屋台のはそうですよね。これは普通の飴っていうか、ドロップみたいなもんなんじゃないですかね」
「へぇ」
 話しているうちに先輩が蓋を開けた。細っそりした指に摘まれて取り出された一粒が紅く艶めく。 
「キレイだな」
「そうですね」
 そう相槌を打った次の瞬間、先輩は躊躇うことなく自らの口元にその一粒を放り込んだ。
「あーーーー!!!」
「は!?何だ急に!!」
 もしかして食べた!?ねぇ食べちゃったの!?
「先輩ッ、今すぐペッして、ペッ!」
「意味わからん」

 だってそれ毒りんご飴なんですよぅ!!

 慌てふためくこちらを他所に、先輩は伏せてあった学術誌の続きを読み始める。
「先輩ってば!その飴吐き出して!」
「うるせぇ!」
 一気に先輩の眉間のシワが深くなったと思ったら、その口元からガリッというとてつもなく嫌な音がした。
「……え、もしかして」
「俺は飴玉と氷はとっとと噛み砕く主義だ」

 ということは噛んじゃったの!?
 それ毒りんご飴なんですよ!?

 咄嗟に先輩の肩に手を伸ばそうとしたその時――
「……ぐぅ」
「……へ?」
 突然、先輩の頭がかくんと傾いだ。
 慌ててその顔を覗き込めば、いつの間にか先輩の瞳は閉じられていた。穏やかな寝息まで聞こえてくるではないか。
「――マジか……」
 今更ながら瓶の底を確認してみるが、品質表示のラベルが貼られていないことに頭を抱えてしまう。時計をみればとっくにスーパーは閉まっている時間で、つまりはあの屋台も撤去されているに違いない。
 とりあえず先輩をソファーの座面に横たわらせ、楽な姿勢にする。頬にかかっていた長い横髪を払い、メガネを曲げないように慎重に外す。
「どうしよう……」
 見れば見るほど、今の先輩はただ寝ているようにしか見えない。いつもその眉間に刻んでいる深いシワは見当たらず、あどけない寝顔が丸見えだ。可愛い、可愛いすぎるけれど、
「どうしよう……」
 まさか本当に効果があるなんて。しかも一粒でこんな効果がでるとは恐ろしい。何が“ほんのちょーーーーっとだけ”だ、ガチの睡眠薬入りじゃないか。本当に違法薬物は入っていないのか心配になってくる。
 ソファーの横で一人オロオロバタバタしていると、寝ながらでもその雰囲気を感じ取ったのか先輩が僅かに身じろいだ。
「ん……」
 もしかして目が覚めたのではと期待したけれど、どうやらただ少しだけ身体を動かしただけのようだ。残念に思わないといけないのに、ホッとしたのはなぜだろう。
 あらためてその寝顔を眺めると、起きているときは凶悪な視線を寄越すその目元はふわりと瞼が下りていて、長い睫毛が影を落としている。形良い唇から漏れる寝息は柔らかく、普段地獄の底から響くような怒声を出す場所と同じとは思えない。ずっと見ていると、その柔らかそうな感触を確かめたくなってきて。

 そのとき、ふと頭の中にあの怪しげな店員の言葉が蘇る。


『だってほら、りんごといえば毒りんご、毒りんごといえば白雪姫でしょ?この飴を使えば、毒りんごを齧った白雪姫が王子様からのキッスで目覚めるっていうシチュエーションが体験できるんだよ。ロマンティックじゃない?』


 その言葉に唆されたわけではない。
 いや、確かに眠っているお姫様を目覚めさせる方法としての王子のキスは最早定石だ。
 だがしかしそれはあくまでも物語の中のことであって。
 現実にそれを当てはめるのは如何かと思う。
 とはいえ確かに目の前の愛しい人は毒りんご(飴)を齧って眠りについているわけで。
 だったらここは定石通りにコトを進めて然るべきなのではないだろうか。


 みっともなく高鳴る胸を自覚しつつも、先輩の顔に自分の顔を近付ける。落ち着いて考えれば今まで何度もしたことがあるはずなのに、まるで初めてのようにドキドキしている。

 あぁそうか、無抵抗の先輩にキスをすることってあまりないもんな。
 起きていたら絶対こんなことさせてくれないもん。

 失敗して唇以外の部分に落とすことのないよう、慎重に距離を詰めていく。もう胸のドキドキは最高潮で、耳に心臓があるんじゃないかというぐらい鼓動がうるさい。


 鼻先が触れ合う。


 僅かに顔を傾け、紅く色づいた唇に自分のそれを触れさせようとしたその瞬間、






“ガンッッッッッッッッ!!!!!”







「〜〜〜ぃッ……!!!!!」
「何してんだお前」
 目を開けた先に飛び込んできたのは真っ赤な球体。同時に爽やかな芳香が香ってくる。
「――え、実験室……?」
 どうやら作業台で居眠りをしていたらしい。しかもうつ伏せの状態で。我ながら器用なことに、枕にしていた腕から頭を落として目が覚めたようだ。

 なんだか密度の濃い夢を見ていた気がする。どんな内容だったかは思い出せないけれど、なんだか勿体なかったような……。

 実験台に直撃した額を押さえつつ顔を上げれば、目の前には真っ赤な球体の正体であるりんごがうず高く積み上げられていた。
「これ、どうしたんですか」
「なんか実家から大量に届いたからって田所が持ってきた」
 その田所君はというと、美春さんを助っ人にして他のゼミにお裾分けに行っているらしい。
「お前よく寝てたな。頭のすぐ先でそんなの積まれているのに気がつかんとは」
 情けない、と言わんばかりに先輩が頭を振る。
「起きたんだったらさっさと実験に入れ。あと一分起きるのが遅かったら蹴り起こすところだったぞ」
「そんな乱暴な」
 身体を起こす僅かな衝撃が伝わったのか、積み上げられていたりんごが一つコロリと転がった。実験台から落ちる前にキャッチする。

「どうせ起こすなら、」

 自然に言葉が口をつく。

「キスで起こしてくださいよ」

 はた、と気付いたときには遅かった。振り返った先輩の目には射殺しかねんばかりの凶悪な光が宿っている。まずい、これは非常にまずい。なんでこんなセリフを口走ってしまったのか。
「ご、ごめんなさい冗談ですぅ!!」
「ふざけたこといってると本当に沈めるぞ!!」
 拳が飛んでくる前に慌てて逃げ出すも、どうしてももう一言がいいたくて更に距離を取る。
「先輩、ちょっとお願いが!」
「あぁん!?」
「りんごの丸齧りは止めてくださいね!寝ちゃうから!」
 そう言い置いて、勢い良く実験室の引き戸を開く。飛び出す前に見えた先輩の顔には、ぽかんとした表情が浮かんでいた。



 自分も何であんなことをいったのかわからない。

 どうやらまだ寝呆けているいるらしい。

 よっぽど夢見が悪かったのか、それとももうちょっと夢の中にいたかったのか。

 そもそも何だキスで目覚めるとかりんごを齧ったら寝てしまうとか。
 
 俺は白雪姫の夢でも見ていたのだろうか。






 飛び出したついでに眠け覚ましのコーヒーを買ってこようと思い、足先をいつもの自販機に向けた。もう実験開始予定の時間は過ぎている。過ぎているけれど、あんなコトを叫んだ後に手ぶらで帰るには何だかこっぱずかしい。
 もちろん、今頃実験室で最高に機嫌が悪いであろう愛しい先輩(白雪姫?)の分も買って帰らなければ。
 そして夕飯のデザートには頂き物のりんごを出そう。もちろん、丸齧りをして眠ってしまわないように、きちんと剥いてカットしたやつを。

















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