離れていても貴方を想う。

 ゴールデンウィーク後半です。

 何かGWに因んだお話を、と思ってポチポチしていたのですが、まぁなかなかできなくて。とりあえず私の中で定番の「兄さんそれ餌付けですぜ」っていう流れになってしまいました……でも食の幸せって大事だと思うんですよね(開き直り)


 さてさて、それではよろしくお願いいたします。








 その話が出たのは新年度が始まってすぐの頃だった。
「なぁ森永も参加するだろ?せっかくだしさ」
 山口が返事を促してくる。
「う〜ん、でもなぁ……」
 返事を渋っていると背後の引き戸が開く音が聞こえた。それまで足を組んで座っていた山口が慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
「巽先輩、お邪魔してます」
 首だけぐるりと後ろに回して山口の視線の先を確認すると、そこには山口が来る少し前に教授に呼ばれて出ていった宗一の姿があった。研究室を出るときには手ぶらだったのに、今その手には分厚い大判の封筒と数冊の文献がある。
「先輩、お帰りなさい」
「おう」
 どちらにこたえたのかわからない返事をし、そのまま宗一はロッカーが並んでいる別室に引っ込んだ。
「なぁ、巽先輩に確認してみろよ。あの人のことだから実験も前倒しで進めてるんだろ?」
「まぁそうだけど……」
「何だよその煮え切らない返事は。しゃーない、俺に任せとけ」
 え?とその言葉の意味を尋ねようとした矢先、タイミングよく宗一が戻ってきた。
「巽先輩、ゴールデンウィークの時期って作業詰まってますか?」
「あ、もう山口っ!」
「は?ゴールデンウィーク?」
 普段宗一と話すときは緊張気味のくせに、こういう内容のときはテキパキと話を進める山口である。
「ええ。実は今、修士で連休中に泊まりがけでどこか行こうという話が出てるんですよ。就活やら研究やらで追い詰められてる奴らが多いので、気分転換がてら」
「ふぅん」
「先輩もご存知のとおり森永は就活も研究もすこぶる順調なんですけど、だからこそ荒れた野郎共の世話係としてぜひともお借りしたく――」
「熨斗つけてやってやらぁ」
「ちょっと!!先輩!!」
 まさかの被せ気味の即答に慌てて会話に割り込むも、
「実験は今のところ順調だし、さっき教授と今後の方針について確認してきたけど特段変更もないからな。それに連休中は試薬も届かないし、毎日全員が研究室に詰める必要もない」
 宗一のその言葉に、離れたところで作業をしていた助手たちの顔が上がった。遠目からでも、美春の目がキラキラしているのがわかる。
「まぁ経過観察が必要なものは交代で出てくればいいだろう。――どこでも好きなところに持っていけ」




 
 というわけで、自分は今、近県の温泉旅館にいる。
 よくもまぁ一ヶ月前に計画を立てて繁忙期の予約がとれたもんだと感心するが、ここは同期の親戚が経営する旅館らしい。
 同期たちとワイワイするのはもちろん楽しかったし、メインの露天風呂もとても気持ち良かった。一泊二日といえ宗一と離れるのが嫌で参加を渋っていたものの、来て良かったなと今では思う。しかし、旅行の間中、何かにつけ宗一のことを――この景色はきっと先輩も感動してくれそう、とか、この味付けは先輩が好きそうだなぁ、とか――考えてしまうのは、我ながら本当に病気だと思う。
 今だってホラ、この星空を一緒に見上げながら愛を語らいたいなぁと……あぁ俺が鼻血吹きながら倒れるとこまで想像できた……。

 因みに宗一は宗一で、この二日間は松田とかなこと3人で家族旅行に行っている。なんでもかなこたってのリクエストらしく、結構ギリギリになって宿を抑えていた。これもよく予約がとれたと思うが、逆にギリギリだったのでキャンセル枠がとれたのかもしれない。


「森永ァ、飲んでるかー?」
 すっかり出来上がった同期がビール片手に絡んでくる。
「飲んでるよー。そっちは飲み過ぎじゃない?」
「いいやーこれぐらい。……実は俺、森永は旅行に来られないんじゃないかと思ってたんだよな」
「へ?なんで?」
「だってさぁ、巽先輩の手伝いがあるだろ?よく抜けさせてもらえたよな」
「あはは。先輩だってそんな鬼じゃないよ。山口が直接交渉してくれたしね」
 自分の名前が耳に入ったのか、俺がどうしたと山口が乱入してきた。
「いや、よく巽先輩がOK出したなって」
「まぁ研究が順調だからだろうけど、あの時は対応に余裕があったな。つーか巽先輩って昔に比べてだいぶ丸くなったよな」
 
 ギクリ。

「あ、俺もそう思ってた!なんかこう、雰囲気が柔らかくなったっていうか……単に俺たちが慣れただけなんだろうか」
「いやぁ、気のせいじゃないと思うぞ?俺の後輩に巽先輩のファンがいるんだけど――」
「え?!?!」
「森永、声でかい。でまぁそのコがな、最近は対応だけじゃなくて着てる服まで変わってきたって言っててさ。シャツには常にアイロンがかかってるし、袖や裾の伸びたセーターとかも着なくなったって」
「へー、そのコよく見てんな。巽先輩、彼女ができたんじゃね?」
「できてないよッ!!!」
「何ムキになってんだお前……」
 山口たちに呆れられたその時、尻ポケットに入れてあった携帯が鳴り出した。一言断って画面をみると――発信元は宗一の携帯だった。
「ちょ、悪い!!!」
 慌てて立ち上がり通話ボタンを押す。滅多にない宗一からの着信に、心臓が一気にドクドクと音を立てるのがわかった。お互い旅行中なのにどうしたのだろう、邪魔しちゃいけないと思ってメールも電話も控えていたのに。まさか俺の声が聞きたくなったとか――?!

「も、もしもし!」

 部屋を横切る足取りがフワフワしていて覚束ないうえ、変に上擦った声が出る。端からみたら酔っぱらいが電話に出ているように見えているに違いない。

『あ、森永さん?』

 しかし携帯から聞こえてきた声は愛しい宗一の声ではなく

「え、かなこちゃん?」

 はた、と足が止まる。

 一瞬頭が真っ白になってしまったので、自分の発した単語のせいで周囲がざわめいたのに気づかなかった。

『ごめんね旅行中なのに。今電話して大丈夫だった?』
「う、うん、大丈夫だけど、この携帯って————」
 先輩のだよね?と続けようとしたら
「ちょっと森永君、かなこってどこの女よーーー!!!」
 酔っ払った同期の女子が調子っぱずれな声を上げた。途端にドッと笑いが起き、ヒューヒューと冷やかしの声まで聞こえて来る始末だ。
『え、何、女の人の声?』
「ちょっと待ってて!」
 慌てて部屋を出て、あてもなく廊下を歩き出す。このまま室内で会話をしていたら携帯を取り上げられかねない。
「ごめんね、かなこちゃん。今部屋を出たから」
『森永さん、旅行って女の人もいるんだ?』
「え」
『大学の旅行じゃなかったの?』
「もちろん大学の友達との旅行だよ?!院の同期連中と来てるんだけど、極僅かだけど女子の同期もいてさ」
 あわわわ何ということだろう、まさか愛しい人の妹に浮気を疑われているのか。
 俺が女性相手に浮気なんてするはずがない、なぜならゲイだし先輩一筋だから!と断言できたらどれほどいいだろう。でもかなこにそんな宣言をしたことが宗一の耳に入ったらトンデモナイことになりそうなので、ここはグッと我慢する。
「先輩も知ってる連中ばかりだよ?」
『そうなの?んー、わかった』
「良かった……。ところでかなこちゃん、なんで先輩の携帯から?」
 なんとか誤解が解けたようなのですぐさま宗一の情報を貰いたいところだが、ここはがっつかないことにする。
『かなこの携帯は充電中なの。写真いっぱい撮ったら、すぐに充電が切れちゃった』
「あぁなるほど」
『兄さんは喫煙所に行ってて、松田さんはお風呂にいってるの。で、今の内に、森永さんに話しておこうと思って』
 そこでかなこの声のトーンが一段下げられた。電話越しなのに、まるでナイショ話をするかのように声が顰められる。なんだ、なんの話だ。

『今日の晩御飯でね、すごく美味しいお野菜の煮物があったの。なんだか優しい味でね、かなこも松田さんも美味しい美味しいって言ってたのに、兄さんったら』

 思い出し笑いなのか、ここで擽ったそうにかなこが笑う。



『“森永の作る方が旨い”って』



『独り言だったんだろうけど、前に座ってたかなこには聞こえちゃったんだよね』
 

 なんか可愛かったー、と続けるかなこには悪いが、今は何の言葉も頭に入ってこない。

 ヤバいどうしよう、むちゃくちゃ嬉しい。
 
 旅先で自分のことを思い出してくれただけで幸せなのに。 
 

 一先ず携帯を離して深呼吸し、息を整えて話しかける。
「――そうなんだ。なんか嬉しいな。教えてくれてありがとうね」
『ううん。いつかかなこにもお料理教えてね』
「俺でよければ!でも俺なんかよりも松田さんの方が適任なんじゃ」
『もちろん松田さんからも教わるし、あの兄さんが美味しいって認めるほどの森永さんのお料理を――』
 そこまで言ったとき、かなこの背後から愛しい人の声がした。かなこ、お前それ俺の携帯じゃないか?
『あ、マズイ!じゃあね!』
「え、あ、ちょっと先輩に」
 替わって、というかすかな願いは、無機質な電子音に遮られた。
 暫く携帯を見つめていたが、メールの作成画面を開いて文字を打ち込む。
 おそらくもう宗一の手元に携帯が戻っていると仮定して、短い文章を送った。
 送信していくらかもたたない内に、携帯がメールの受信を告げる。はたしてそれは宗一からの返信であった。いつもの通りそっけなく短い文章だったが、頬が緩むのを抑えられない。だって宗一がメールを返すこと自体、稀なことであったから。ちゃんとメールを読んでくれたってわかっただけでも、嬉しい。


 離れた場所にいるのに、愛しい人の存在をこんなに近くに思えるなんて。

 どうして平気なフリができようか。

 部屋に戻る前にいつも通りの顔に戻れるかな。
 


 部屋では同期連中が先ほどの「かなこちゃん」発言について森永を吊るし上げようと待ち構えていることを、このときの森永が知る由もなかった。






[無題:先輩早く会いたいです。大好き。]



[Re:さっさと寝ろバカ]








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