あなたがいない日常なんて 4

 前回、GUSH7月号が手元に届くのが発売日+3日後だと嘆いていたのですが、
 実際は発売日翌日には届きました(゚д゚)
 密林さん拗ねてごめんなさいでした。
 
 そして感想を一言。


 「落ち着け森永君www」



 
 今回のお話は兄さんがぐるぐる悩んでます。
 個人的に大好きなあのお方も登場します。
 (直前のお話はこちらからどうぞ→

 
 前話に引き続き、10巻未読の方はご注意ください。
 直接的な表現ではありませんが、ファンブック未読の方だと「?」な箇所が1箇所あります。申し訳ないです。



 では、よろしくお願いいたします。








「先輩、俺たち、同居解消しませんか」

 森永は、穏やかにそう告げた。

「急な話じゃないんです。先輩が記憶を無くす前、そういう話をしてたんですよ」

 そう言われたら、こちらとしては確かめる術がない。

「来年俺は卒業しちゃうし、そうなると先輩は松田さんの家から通うことになるから」

 森永が卒業したら同居は解消、そういう話だったのだろうか。

「だから早いうちに慣れとこうか、って話してたんですよ」

 繰り返すが、それを確かめる術はない。

「それに、」

 あぁまたそんな顔をする。
 胸の奥が痛くなるから、そんな顔を見せんじゃねぇよ。

「――先輩、家で俺と話すとき、ちょっと緊張してますよね。記憶にない男と同居してるだなんて、やっぱ嫌ですよね……すみません」

 そんなつもりはないのに。
 お前からみた自分はそう見えるのか。

「おやすみなさい」

 何も言葉をかけることができないまま、森永の部屋の扉は閉まった。





 そんな話をした翌日。
 宗一が目覚めると森永の姿はなかった。確か今日は日帰りで内定先の研修があるといっていた。内定先の本社は浜松にあるらしい。
 ローテーブルの上にはまだ少し温かい卵焼きと鮭の切り身、小鉢にはほうれん草のおひたし。電子レンジの前にはラップをかけたご飯と味噌汁がスタンバイしているはずだ。
 箸置きの下に少しクセのある、だがとても読みやすい字で『おはようございます。最終の新幹線になるので先に休んでいてくださいね。』と書かれたメモが挟んであるのを見て、もうお馴染みになってしまった胸の痛みが湧き上がるのを感じた。

(朝からなんつー気分にさせてくれるんだ馬鹿野郎が)
 

 温め直した味噌汁は、いつもの森永の味なのにどこか塩辛く感じた。





 森永が不在の中、いつも通りに実験をこなす。助手たちは宗一の顔色が悪いことを心配していたが、宗一の方は別に体調の悪さを感じないので適当に聞き流しておいた。その日の夜は松田家に呼ばれていたので、一人先に研究室を後にする。


 電車に乗って松田家に向かう道中、昨夜の森永の話を思い返していた。
 
 あいつはああ言っていたが、同居を解消する話が出ていたのは本当なのだろうか。

 自分としては、森永との同居生活は嫌じゃない。たまに出てくる胸の痛みさえ除けば、居心地の良さすら感じているほど。だから嫌になったとすれば、森永の方なのである。家事を何もしない(というよりできない)宗一が嫌になったのか、誰にも気兼ねのない一人暮らしをしたくなったのか。それとも、一緒に帰省をしたという大切な人――彼女と同棲を始めることになったのか。
 
 最後の考えを思い浮かべた時なにか心の奥で動いた気がするけど、気付かないふりをする。

 いかんせん、自分たちの同居を知る人間は当事者以外だと宗一の身内ぐらいらしいので、二人の距離感なんて本人たち以外にわかるはずがないのだ。

 森永のいうことを、信じるしかないのだろうか。



 ところが、だ。



「えーーー!!まだ思い出せないのぉ?!」
「かなこ、うるさい」
 口を尖らせた年の離れた妹がわめく。
「森永さんが可哀想〜!兄さんって記憶力いいんじゃなかったのっ?!」
「騒ぐな」
 びーびーうるさい妹を無視して、持参した文献に視線を落とす。

 宗一が記憶を無くして以来、二度目の松田家訪問である。週末を利用してかなこが寄宿先から帰ってくるということで、宗一も夕飯にお呼ばれした。本当は森永も呼ばれていたのだが、タイミング悪く(良く?)研修が入っていたため宗一一人が訪れた。こういった家族の団欒にまで声がかかるほど、森永は宗一だけではなく巽家にとっても近しい存在だったのか。
 かなこに事の次第を話した(と思われる)松田はキッチンで夕飯の支度をしてくれている。松田さんの手伝いに行かんかと小言を口にしようとしたとき、
「森永さん、大丈夫なの?」
 ポツリとかなこが呟く。
 その言い方がいかにも気遣わしげだったので、自分の妹がこんなに同居人に懐いていることに内心驚いた。
「……大丈夫もなにも、あいつはいい年した大人だぞ?こんなことぐらいで動揺することもないだろう」
「兄さんって冷たい……」
 なにを言っても批判されそうなので無視することにした。
 兄のそんな態度を見抜いたのか、かなこが目の前に携帯のストラップをちらつかせる。かなこが携帯を揺らすから、チリチリと涼しげな鈴の音が響く。
「これのことも覚えてないの?」
「なんだ?お守りか?」
 無視できずに目をやると、そこには桃色の小さな巾着袋のお守りがぶら下がっていた。
「この学業御守、兄さんたちが買ってきてくれたんじゃない」
「どこで」
「福岡で」
 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。


「え」
「もう!森永さんと二人で福岡に行ったじゃない!そして太宰府で巴兄さんと父さんにも学業御守、松田さんには鷽(うそ)の鈴のお守り買ってきてくれて。それも忘れてるの?」
 
 かなこの言葉の強さと反するように、目の前で小さなお守りが優しく揺れた。




 どういう、ことだ?

 
 でも助手たちは恋人と行ったに違いないって。それにあいつは大切な人と行ったって。
 

 じゃあ、あの表情は。
 

 全身に心臓の鼓動が響き渡ってうるさい。




 もう、かなこの声が耳に入らなかった。








 アパートに帰ってくると、部屋の灯りはまだ点いていなかった。
 とりあえず自室にリュックを放り込み、リビングのソファーに身体を埋める。
 コーヒーでも淹れようかと思ったが、身体が動かない。それに自分が淹れるより森永が淹れたほうが何倍も美味い。チラリと壁時計をみると時間は21時を過ぎたところで、森永が帰ってくるまでまだ時間があった。コーヒーが飲みたいなら自分で淹れるしかないだろう。 


 ぼんやりと、森永の記憶をなくしてからの日々をなぞり返す。



『ヴヴヴヴヴヴ……』


 どれぐらいそうしていたのか、ジーンズのポケットに突っ込んでいた携帯のバイブ音に飛び上がるほど驚いた。今は頭がいっぱいで、誰とも口を聞きたくない。その振動の長さからメールではなく着信だと気付いたが、ほっといたら諦めるだろうとポケットから取り出してソファーの上に放り出した。発信元は確認しない。それはだいぶ長く唸っていたが、留守電に切り替わったのか漸く静かになりホッとする。
 
 しかし安心した傍から、


『ヴヴヴヴヴヴ……』


 舌打ちをしてを発信元を確認したが、出る必要のない電話だと瞬時に判断する。再びソファーに放り投げる。

 ……なんであのとき……あの表情は。

 一生懸命頭の中をまとめようとしても、ひっきりなしに着信を告げる携帯に根負けした。
 舌打ちをして手を伸ばし、今時珍しくなった二つ折りの機体を開いて通話ボタンを押す。

「……お前しつこい」
『あ、やっぱり居留守使ってたね』

 無視されていたというのに何らこたえていないような口ぶりの男の声が聞こえてくる。
宗一としては積極的に会話をしたい相手ではないので、さっさと通話を切り上げるべく話を促す。
「要件はなんだ早く言え」
『もー冷たいなぁ〜。困った時の磯貝兄さんだよ!』
「別に困ってねぇ」
『またまたー。森永君のこと、忘れちゃったんだって?かなこちゃんから聞いたよー』
 ギクリとした様子が伝わったのか、電話口の男の声が少し柔らかくなる。
『あんなに仲良かったのに……森永君は大丈夫?彼は帰ってきてるの?』
 ちょっと話したいナー、と続ける声を慌てて遮った。
「え、なんで一緒に暮らしてること知ってんだ?」
『なんでって……俺、君たちの関係知ってるもん』
 思わず携帯を握る手に力が入る。
「――俺たちの関係ってなんだよ、ただの先輩後輩の関係じゃないのかよ」
 すると磯貝が急に口をつぐんだ。ジリジリと次の言葉を待ったが、なかなか磯貝は話を始めない。
「お前何か知ってるんだろ?言えよ、俺たちの関係って何なんだよ」
『――森永君は何て言ってるの』
「あいつはただの先輩後輩としか言わねぇ」
『……じゃあそうなんじゃないの?森永君がそう言ってるなら俺はそうとしか言わないよ』
 先ほどのからかい口調とは一転して慎重に言葉を選ぶ口ぶりにカッとなった。
「嘘つくんじゃねぇよ!なんか知ってんだろ!」
『どうしたの宗一君、君らしくもない。森永君がそういうならそうなんだろうよ』
 それとも、と続ける磯貝の声はひどく真剣で、
『君の中に、それだけの関係じゃないって思う何かがあるの?』
「……どういう、ことだよ……」
『そうだなぁ、』
 電話の相手は少し考えるように間をおく。
『……森永君をみて、こう、胸キュンするとか』
「は」
 むねきゅんとは何だ。そんな動詞が日本語にあったか。
『ごめん、胸キュンは宗一君の辞書になかったか』
「わかってるなら一般的な単語を使って表現しろ」
 電話の向こうで磯貝が胸キュンも一般的な言葉だと思うんだけどなーとぼやいている。
『じゃあさ、胸がドキドキしたり、ズキズキしたり、何かしら痛みを感じることはない?』
「――!!」

 咄嗟に言葉が出なかった。

 ふいに、今朝も感じた胸の奥の痛みが蘇る。

『宗一君?』
 黙り込んだ宗一を訝しみ、磯貝が声をかけてくる。しかし宗一は言葉を返すことができない。
『……覚えがないわけじゃない、か……』
 磯貝が小さな声で呟く。


『じゃあ言うけど。君たちは恋人同士だよ』
「はぁ?!」


 先ほどまで金縛りにあったかのようだったのに、急に声が出るようになった。
「んなわけねぇだろ!なら俺も森永もホモってことじゃねぇか!」
『まぁ宗一君は絶対認めなかったし、森永君もそう公言してたわけじゃないけど……でも、お互い十分依存しあってたと思うよ』
「〜〜〜!!!!」

 そんなわけないそんなわけない!!!
 俺はホモなんて撲滅すればいいと思っているし、死ぬほど嫌っているといっても過言ではない。第一森永は俺のこういう性格を知っているハズだ。記憶をなくした初日に、ホモじゃないよなと確認したぐらいだ。
 だから自分たちの関係をそう評されたとすれば、出てくる感情はひたすら嫌悪感でしかないはずだった。
 

 はずだった、のに。

 
 自分の中で、何かがストンと落ちた気がした。


『宗一君がホモフォビアっていうのは森永君が誰より知っているよ。それでも彼は君のことが大好きで、そりゃまぁ健気に長いこと片想いしてて』
 でも相手が宗一君なんだから報われないだろうなぁって思ってたんだけど、と笑みを含んだ声で磯貝が続ける。
『いつの間にかそういう関係になっててね。ちなみに周りで……あーいや、宗一君の知り合いで、君たちの関係を正確に知っているのは俺だけだと思うから安心してね』
 普段の宗一なら磯貝が微妙に言葉をかえたことに不審感を持つはずなのに、心の中は急に知らされた関係に対応するのでいっぱいいっぱいだった。
「で、でも、」
 頭の中の考えを整理する余裕もなく、思ったことをすぐ唇に載せる。
「あいつ、そんなそぶりは一切みせねぇぞ?助手たちなんてよそよそしいっていってたほどだし」 
 
 想ってるなら、好きならどうして。

『うーん……森永君に限って自分の記憶を無くしてるから気持ちが冷めたってことはないと思うけど……』
「そ、それに、最近夜は出歩いてるし。知り合いのバーに行っているとかいうけど、どこまで本当なんだか……」
『あ、それは本当だと思うよ。なんなら俺、裏取れるし』
「……しかもあいつ、同居解消の話してきたんだぞ。あいつが言うには、記憶なくす前から――」
『それはない』
「なんだよ言葉を被せてくんな失礼だろうが」
『いやいやいやいや宗一君、それは絶対ないって。俺が断言する。あの森永君が君の傍から離れるはずがない』
「……そんなこといっても実際あいつが言ってきたんだからしょうがねぇだろ」

 そう宗一が呟くと、電話の向こうで磯貝が考え込む気配があった。
 暫くして口を開いた磯貝の声は、ひどく真面目な声音に聞こえた。

『――もしかして森永君は、自分とのことを忘れてほしいのかもね』
 どういうことだ、と尋ねたいのに声が出ない。
『森永君はともかく宗一君の恋愛対象はもともと女性だ。普通に年を重ねていけば当たり前のように結婚して子供を持てていたかもしれない』
 なおも磯貝は続ける。
『いくら昔に比べて理解が進んだとはいえ、まだまだ世間はゲイに厳しい。覚悟を決めていただろう森永君はともかく、宗一君はそうじゃないだろう?……だから彼は君に負い目を感じているんじゃないかな。自分と出会わなかったら普通の生活が送れたのにって。一般的にいう“幸せ”が手に入るはずだったのにって』
「――わけわかんねぇ」
 やっと絞り出せた言葉は本当に一言で。でもそれ以外に思い浮かぶ言葉は、ない。
『まぁ俺の考えなんて推測でしかないけれど、森永君が考えそうなことだと思うなぁ。彼、本当に君に夢中で、宗一君のためならなんだってすると思うし。それこそ、自分のことよりも宗一君の幸せを優先すると思う』

 なんだよそれ、と思う反面、そんなに想ってくれているヤツを自分は忘れてしまったのかと動揺する。
 そうだ、自分と森永がそういう関係なら、どうして俺は森永の記憶だけなくしてしまっているのだろう。
 そう疑問を持った瞬間、自分の心臓のあたりを冷たい手で鷲掴みにされ、暗闇に突き落とされるような感覚に襲われた。


 もしも磯貝の言うとおり自分たちがそういう関係であったならば――
 森永が自分の身を投げ出してもいいぐらい宗一を大事にしていて、宗一もそんな森永の気持ちを受け入れていたのなら――

 森永が時折見せる、あの泣きそうな顔の説明がつくじゃないか。



『……人間、大切なものは鍵をかけて奥深くに仕舞いこむ。記憶だってそうだと思うな』
 磯貝が黙り込んだ宗一の気持ちを見透かしたようにそう呟く。
『――宗一君、君はどうしたいの?』
「え」
『このまま過去を思い出せずに先輩後輩という関係だけに限定するなら、それはそれでいいと思う。さっきもいったとおり、世間の目はまだ厳しいから。でももし、宗一君が少しでも森永君に対して何か特別なモノを感じているなら……おそらく君は、このまま彼を手放すとすごく後悔すると思うよ。俺の勘だけど』
 
 だから、

『自分の今の気持ちを、正直に彼に伝えてごらん。まだ混乱してると思うけど、そのとおりに伝えたらいい。――そしてどうするかは、二人で話し合って決めな』



 気が付いた時は、すでに電話は切られていた。自分が切ったのか磯貝が切ったのか定かではない。真っ暗なディスプレイを眺め、宗一は磯貝の言葉を思い返していた。




『宗一君、君はどうしたいの?』




「俺は……どうしたいんだ?」


 





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