Closing Ceremony ーNightー

卒業式の日の夜のお話。
前作と同日の出来事なので、その日の夜にあげたかったのです。
……やっぱりながっΣ(´Д`*)


よろしくお願いいたします。










 本日分の実験のノルマを終え、アパートに着いたのが19時前。
 同居人は飲み会で遅くなるとのことだったので、途中コンビニで買ってきた弁当で夕食を済ます。ゆっくり風呂に入ってリビングのソファーで学術雑誌を開く頃には、20時を半分程すぎていた。
 森永は明日からも研修があるので遅くならないといっていたが、まぁあと1時間は帰ってこないだろう。
 そんなふうに考えていたので、玄関の鍵が回る音には驚いた。重量のある鉄製のドアが閉まる音と内鍵のかけられる音。時をおかず廊下から聞きなれた足音が聞こえ、リビングのドアがカチャリと開かれた。
「先輩、ただいま!」
 予想よりも早く森永が帰ってきた。
「――おかえり。なんだ、はやかったな」
 驚き顔の宗一の横に、ネクタイのノットを緩めながら森永が腰を下ろす。
「まぁ昼過ぎから飲んでますしね。謝恩会もそのあとの飲み会も基本的に同じ顔が集まってたし」
 しかし、それ新しい号ですねと雑誌を覗き込む森永からは、全くといっていいほど酒の匂いがしない。今日の主役なのに、だ。
「お前、飲んでねぇの?」
「乾杯ビールぐらいです。明日は始発の新幹線に乗らなきゃだし、研修だし」
 俺が飲まなかったってより、教授含め周りが飲ませてくれなかったんです、と苦笑いする。
「で、お開きになった途端、俺はもう帰れって。二次会に誘ってすらもらえなくて……」
「何、お前嫌われてんの」
「ちょ、話聞いてました?気遣われて言われたんですよ?」
 もちろんお互い軽口だとわかっているので、拗ねた口調ながら森永の顔は笑っている。
「コーヒーでも淹れましょうか」
「いや、自分でやるからいい。お前風呂入ってこいよ」
 はーい、といって自室に向かいかけた森永だったが、ふと何か思い出したように振り返る。
「先輩、俺が研究室でいったこと覚えてます?」
「あ?」
「卒業プレゼント、くださいね」
 爽やかな笑顔を残して森永が立ち去った数秒後、宗一が天の岩戸がごとく自室に閉じこもったのは彼の性格上当然のことであった。


「せーんぱぁい……出てきてくださいー」
 あぁ、あんなこといわなきゃよかった……。
 風呂から上がると、愛しい人は自室で篭城を決め込んでいた。宗一の性格を考えればあの発言がマイナスになることはわかっていたが、こう、真っ赤になって怒る宗一の顔もタマラナイので、自ら地雷を踏んでしまうことが多々ある。
 でも昨日まで三日間、明日からも三日間研修が続く。
 このままろくに顔を見ずに離れるなんて事態は避けたい。
「さっきはごめんなさい、調子に乗りました。お願いです、出てきてください……」
 ほとほとノックを繰り返す。多分、今の自分は世にも情けない顔になっているに違いない。
「卒業式の雰囲気で浮かれたままでした……反省してます……」
 我ながら哀れな声で謝罪を繰り返す。
「お土産に、駅前の、ホラ、先輩が前食べてみたいっていってたお店の手羽先買ってきたんです。一緒に食べましょうよぅ」
 暫くクスンクスン鼻を鳴らしていると、わずかにベッドが軋む音がした。イケるか?
「前に並んでいたおばちゃん曰く、すっごく美味しくて病みつきになるそうですよ」
 ドアの向こうに人の気配。
「……タレか塩か」
 ドア越しのご主人様の声に、大型犬の耳がピンと立ち上がる。
「半々にしました。タレはお店の人曰くスパイシーな味付けとのことです」
「ビールは」
「今朝買い置きを冷蔵庫にいれて出ました。プレモルです」
 そこまでいうと、ほんのわずかにドアが開いた。胡散臭げな目線をよこす。
「なんもしねぇだろうな」
「先輩の嫌がることは」
 尻尾を全力で振ってこたえた。
 精一杯無垢な瞳で見つめていると、そんな森永から顔をそむけ、暫し考え込む。
「……こっちの部屋で一人で食うから、俺の分持って来い」
「えーーー?!?!?なんで?!ありえない!!!」
「だってお前何するかわかんねぇじゃねぇか!」
「だから嫌がることはしませんって!俺の卒業祝いだとおもって!!」
 途端にぐっと宗一が黙り込んだ。もうひと押しだ。
「みんなでワイワイ飲むのもいいけど、今日は……卒業式の夜は、どうしても先輩と一緒にすごしたかったんです」
 視線はそらされてはいるけど、じっと宗一の目元をみつめる。
「……お願いします」
 宗一は自分のお願いに弱い、ということはわかっている。ここはひたすら粘る。
少しだけ間があったものの、宗一が自室のドアをすり抜け部屋から出てきた。そのまま大股に歩き、ドサッとソファーに踏ん反り返る。眉間に皺を寄せてるけど、決して不機嫌ではないことぐらいもうわかる。
「早速準備しますね!」

 旨いと評判の手羽先は、噂に違わぬ美味しさだった。
 あんなに自室から出てくることを渋っていたくせに、宗一は上機嫌でビールの缶を傾けている。宗一が嬉しければすなわち自分も嬉しいわけで。
「なんだお前ニヤニヤしてんな」
「え、そんな顔してました?」
「うん、キモい」
 その言葉に拗ねて頬を膨らませると、宗一がケラケラと笑った。農学部の魔神と恐れられる彼がこんな表情を見せるなんて、一体誰が信じるだろう。まぁ俺だけが知っていればいいんだけどね、と一人優越感に浸っていると
「なんだよこっち見んな腐る」
 暴言だってどんとこい。
「あ、−−−−」
 何かを発見したのか、宗一が手を伸ばしてくる。と、唇の端を親指で拭われた。
「ごま、ついてた」
 と、そのまま親指をペロリと舐めるではないか。
「……なんだお前の顔、今度は赤黒くなってきたぞ」
 突然の宗一の無自覚爆弾に耐えれる精神力はまだ持ち合わせていないので、顔が赤くなるぐらいは見逃して欲しい。しかしこのままだと宗一の嫌がることをしそうだったので、慌てて立ち上がった。
「あ、俺、皿片しますね」
 宗一が不審そうに見つめてきたが、気付かないふりをしてテーブルの上の皿を片付ける。そのまま流しで洗い物を始めると、宗一がふと何かを思い出したかのように声をかけてきた。
「そうそう、来週、松田さんちでお前とかなこの卒業祝いする予定だろ?そのとき学位記持っていくこと忘れんな」
「へ?なんでまた」
「お前とかなこの写真撮るんだよ。かなこは卒業証書、お前は学位記もってな」
 洗い途中の食器を手にしたままキョトンとしていると、いつの間にか隣に並んだ宗一が洗い終わった食器の水気を拭いていく。
「お、俺も?」
「なに、写真っていってもフツーに家で撮るだけだぞ。うちでは誰かが入学・卒業するたんびに家族写真撮ってんだよ」
「カ、カゾクシャシン?」
「こういうときでもないと撮らないからな。てか手ェ動かせよ。もうこっち拭き終わってんぞ」
 言葉と同時に軽く脛を蹴られ、慌てて食器の泡を洗い流す。宗一は自分の発言が何を意味するのかわかっているのだろうか。2発目の無自覚爆弾が被弾したことで、森永の心は多いに乱れた。それが表情に出ていたのか、眉間に皺をよせた宗一が横目で睨む。
「まさかお前、行かない気じゃないだろうな……」
「いやいやいやいや、かなこちゃんは当然ですけど……俺がお祝いしてもらうこと自体恐れ多いことなのにそんな大事な写真に俺も入っていいのかと思って」
「家族じゃないのに、」という言葉は飲み込んだ。今度は宗一がきょとんとした顔をみせたがそれも一瞬のことで、すぐにあきれた表情になってため息をつく。
「お前は何を今更……。もうそういうもんだろ」
「え、そういうって……」
「だから家族みたいなもんだろって」
 ホラ、寄越せ、と水切り籠におさめるでもなく握りしめてたグラスが奪われる。
 キュッと水気をとったグラスを伏せ、宗一がこっちを見て――
「……お前、今夜は色んな顔すんな。変顔の研修もあったのか?」
 大きな瞳に水の膜が張っているのに気が付いたのだろう、敢えて茶化すように宗一が言う。それでも何も言えないでいると、さっさと食器を棚に片付け始めた。すべての食器を納め、宗一がもう一度視線をあわせた。
「あと、言い忘れてた。卒業、おめでとう」
 このタイミングでそれを言うか。
 堪えきれずに、ポロリと大きな雫が頬を伝う。
 もちろん悲しいわけじゃない。だから、笑わなければ。
「ありがとう、ございます」
 
 森永は、宗一が自分のお願いに弱いというのは気付いているが、自分の笑顔にも弱いということは気付いていない。一方の宗一は、それを承知している。
 
 だから、宗一の唇が自分のそれに柔らかく重ねられたときは驚いた。
 
 驚きすぎて、目元の水気が一気に引っ込んだ。
 
 ゆっくりと離れていく宗一の顔を見つめていると、ハッとしたように彼が真っ赤になる。
「卒業プレゼント、な」
 慌てたように、そう呟く。もしかして−−−−今のは最大級の無自覚爆弾??
 宗一がそのまま身を翻してキッチンを出ていこうとしたので、咄嗟に腕をつかんだ。
「まって!」
 宗一は前を向いたままこちらを振り向こうとしない。髪の間から除く耳朶がとても赤い。
「プレゼント、ありがとうございます。えと、あの……好きです、大好きです、ホント」
 あぁどうしよう、うまく頭がまわらない。
「……意味わかんね。なんだよ突然」
「俺もよくわかんないんですけど、なんか、急に言いたくなったというか……もう、ホント好きです」
「腕、痛い。離せ」
 無意識のうちに、宗一の腕をつかむ手に力がこもっていたらしい。力を緩めたものの、離しはしなかった。
「――抱きしめていい?」
 抵抗はなかったから、一歩距離を詰めて抱きしめる。宗一の身体がぴくりと緊張したのがわかったので、緩く腕を回すだけにとどめた。
「俺ね、入学式の日の夜、アパートで一人だったんです。これからどんな生活がまってるんだろうってわくわくしてた反面、ずっとこのまま一人なのかな、誰かまた好きになることなんてできるのかなって。すごく不安で寂しかったの覚えてます」
 緩く抱きしめているので逃げようと思えば逃げられるのにそうしないから、少しだけ、回した腕に力を込めた。
「あの日の俺は、こんなに幸せな卒業式の夜を迎えられるなんて思ってもみなかった」
 戻れるものならあの日に戻って、きっと幸せになれるから絶対諦めるなよって背中をたたいてやりたい。
 フッと宗一が詰めていた息を漏らした。身体の緊張が少しだけほどける。
「まぁ明日からまた研修だけどな」
「……それを言わないでくださいよ。もう、せっかく幸せな気分でいるのに」
 意地悪な言葉に対抗して、額をぐりぐりと宗一の後頭部に押し付ける。柔らかな髪と自分と同じシャンプーの匂いにうっとりする。
「明日始発の新幹線だろ。とっとと寝ろ」
「今日こそ一緒に寝ませんか」
「よしお前回れ右して包丁持って来い」
 お前が行かなければ俺が、と腕の拘束をといて包丁を探しに行こうとしたので、慌てて両肩を掴んで引き止めた。
「すみませんでしたごめんなさい一人で寝ます」
「最初からそうすりゃいんだよバカめ」
「あの、でも」
 ここで少し言葉を切る。
「今日は諦めますけど、研修が終わって帰って来たら、もうちょっと、プレゼントのおねだりしていい……?」
 じっと目をそらさずお伺いをたてる。
 目の前の宗一の頬がじわじわと熟していく。あぁ可愛いなぁと見惚れていたら、
「ぅぐっ!!!」
 みぞおちに強烈な一撃が入った。
「調子に乗んなバカ野郎!!!」
 ドスドスと足を踏みならして宗一がキッチンを出て行く。
 調子に乗りたくもなるよ、あんなに可愛いことされたら。
 幸せすぎて、また涙が出そう。もちろん、みぞおちの痛みのせいではない。
 バタンと勢いよくドアが閉められる音と内鍵のかけられる音。きっと即ベッドで布団の繭を作っているはず。今夜はもう部屋から出てこないかな。
 就寝前にこんなドタバタがあっても、研修に向かう日の朝は必ず玄関まで見送ってくれるのが宗一という人で。きっと明日も起きてきてくれるはずだから、今夜はここで我慢しておこう。
 
 6年前は、こんな未来は想像できなかった。
 こんなに自分の存在を受け入れてくれる人ができるだなんて。
 目尻に浮かんだ涙を拭い、大きく息をつく。

 ――あぁ、なんて幸せな卒業式の夜。
 
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