あなたがいない日常なんて 8

 初の連作、最終話です。
 当初の予定とは少し変わってしまったものの、今の私にはこのクオリティが精一杯。お話が長いのって大変ですね。精進します((((;´・ω・`)))

 
 今回のお話はいままでの7話の中で一番長いです。おかげさまで読みにくいです。なので先に謝らせてくださいゴメンナサイm(_ _)m
 (直前のお話はこちらからどうぞ→

 
 そういえば、カウンタがもうすぐ1000を越えそうです。
 こんな僻地にご訪問いただき本当にありがとうございます。
 少しでも楽しんでいただけると幸いです。

 ではでは、宜しくお願いいたします。







 昨夜は久しぶりに身も心も温かくなったおかげか、夢を見ることもなく熟睡できた。
 瞼の裏に光を感じたので目を開けてみると、ちょうど目に入った遮光カーテンはタッセルでまとめられており、窓には薄いレースのカーテンだけが引かれてた。昨夜は遮光カーテンまで閉めていたはずだ。首を捻って隣をみる。一緒に寝ていたはずの宗一の姿はなかった。もしかしなくても、自分は2日連続寝坊してしまったか。
 青くなってベッドから飛び起きると、タイミングよく部屋のドアから宗一が顔を覗かせた。
「漸く起きたか」
「お、おはようございます」
「おはよう。朝飯できてるから、着替えて顔洗ってこい」
 そういってぴょこんと宗一が頭を引っ込めた。
 まさか2日続けて宗一に朝食を準備してもらうことになるとは。
 情けないやら嬉しいやら。
 朝飯できてるっていったけど、まさか何か作ってくれたのかな。
 昨日仕込んでおいたフレンチトーストは、あとで焼いて冷凍しておこう。


「え、先輩、これどうやって」
「俺だってフライパンぐらい扱えるわボケ」
 ローテーブルの上には焼き立てのフレンチトーストの皿と、インスタントのカップスープ。ちゃんと宗一の前のフレンチトーストには黒胡椒がひかれているし、森永の皿の横には蜂蜜がスタンバイされている。そしてサラダのかわりなのか、昨日のおにぎりにもあわせた作り置きのきゅうりの浅漬けがタッパーごと置かれてるのが宗一らしいというべきか。
「でも先輩って料理できな、あうっ」
「早く座れって」
 頭を叩かれた。
「あ、後でコーヒーな」
 昨日と同様、さっさとテーブルについた宗一に倣っても森永も腰をおろす。目の前のフレンチトーストは色よく焼けており、香りからしてもちゃんとバターで焼いているようだ。まずは蜂蜜をかけずに、そのままで。
「いただきます」
 慎重な手つきでフォークを口に運ぶ森永を、宗一が心配そうな顔で見守る。
「……!おいしい!」
 森永のその一言に、心配気な顔から一転、宗一がホッとしたような表情を浮かべた。
「先輩おいしいです!絶妙の焼き加減!」
「まぁ下拵えしてあったのを焼いただけだからな」
「いやいやいやいやそんな謙遜しないで、焼き方も大事なんですよ?ちゃんとバターを絡めて焼いてあるし、これは先輩の愛情がかかっているから蜂蜜はいらないというか」
「今すぐかけやがれ!!」
「あ゛―――――――!!!ちょっとかけすぎっ!!!」
 顔を真っ赤にした宗一がダバダバと森永の皿に蜂蜜をかける。必死で制止した結果、トーストが蜂蜜の海に沈むことは回避した。
「あーもう、手についちまったじゃねぇか」
 お前のせいだといわんばかりに森永を睨み、宗一が赤い舌で手の甲についた蜂蜜を舐めとる。――朝からなんて扇情的な光景をみせてくれるんだこの人は。自分がこの3週間……いや、前に抱き合ったのはさらに2週間前だから……凡そ1カ月、どれほど我慢を強いられていることか。ただでさえ昨日深くキスしたときにヤバかった(最初殴られた理由はソレかと思ったほど)のに、寝るときだって頭の中で円周率を唱えないといけないほど……。
「なんだお前顔赤いぞ。もしかしてまだ熱があるのか?」
 プルプルと首を振る。心中を洩らそうがものなら、せっかくの朝食が台無しになってしまう。
「先輩こそ、体調はどう?気持ち悪くない?」
「いや、昨日は久しぶりによく眠れたからむしろスッキリしてる」
 そうか、宗一も熟睡できたのか。嬉しさのあまりデレデレしていると、思い切り腐ったナマモノを見るような眼差しを向けられた。
 朝食が終わる頃、宗一が午後からの松田家訪問を宣言した。かなこの見送りに行くらしい。ならば自分もと森永がお願いしようとした矢先に
「だから買い出しはかなこを駅まで送った帰りな」
 自分も当然一緒だという宗一の話しっぷりに、思わず頬が緩む。
 

 あぁ、以前の通りだ。これまでの日常が帰ってきたんだって思ったのだけど。嬉しいと思う感情に比して、昏い感情が心のどこかで首をもたげているのもわかっている。

 出てくるな、マイナス感情。

 こんなに幸せな朝なんだから。

 思わず表情が引っ張られて暗くなりそうなのをぐっと堪える。



 そんな森永を、宗一はじっと観察している。







 
(この馬鹿、また何か変なこと考えてやがんな)

 かなこを駅まで見送った帰り、いつものスーパーに買い出しに立ち寄った。
 いつもならうるさいほどこれが新鮮で美味しそうだ、今日はこれがお買い得だなど話しかけてくる森永が、今日は入店直後に何が食べたいですか、と一言聞いたきりだ。
 思えば、今日は朝から様子がおかしかった。朝食のとき突然真顔になったかと思えば、その後もちょいちょいと様子がおかしいことがあった。さすがにかなこと松田がいるときは大丈夫だったが――ほら、また今も。どこかぼんやりとした顔つきできゅうりの鮮度をチェックしている。
「おい、」
 声を掛けただけでは気付かれなかったので、軽くカットソーの端を引っ張った。
「え?あ、何ですか?」
 目を瞬かせ、やっと森永がその大きな瞳を宗一に向ける。
「俺、自分の買い物すませてくっから。会計終わったら、外のベンチに集合な」
 そういうと、返事をまたずに背を向けた。

 ――このタイミングのあいつの悩み事なんて、自分の記憶がなくなったことについてしか考えられない。素直に自分を思い出したことを喜んでいればいいものを、全く面倒臭いヤツである。
 まぁ馬鹿だからしょうがないかと結論付け、アルコールの棚に足を向けた。この3週間迷惑をかけたことは自覚しているので、今日は自腹でお高めのビールでも買ってやろうと思ったのだ。あと、この前渡しそびれたアイスクリームも。
 それに宗一としても森永に聞きたいことがあったので、とっとと気持ちを持ち直してもらわないと困るのだ。
 自分の聞きたいことを尋ね終ったら、がんじがらめになっている頭に拳を一発くれてやろう。



 
 今日の夕飯は森永曰く「先輩が俺のことを思い出してくれた記念」ということで、宗一の好物ばかりが並べられた。料理は文句なしに宗一の口にあったし、舌鼓を打つ宗一をみて森永も幸せそうな顔をみせていた。食後は交代で風呂に入り、あとはそれぞれが就寝まで寛ぐ時間だ。宗一が記憶をなくしている間は各自の部屋で過ごすことが多かったが、もともとは二人ともリビングで寛ぐことを好んでいた。今日は酒を準備してあるので、先に風呂をもらった宗一は森永が風呂から上がる頃を見計らってキッチンに入った。
(えーとつまみは……)
 ガサゴソと戸棚を漁ると、ここ最近晩酌をしていなかったせいか乾き物のストックが豊富にある。とりあえずチー鱈を掴んで戸棚を閉めた。
(森永と家飲みするのも久しぶりだよな)
 思い返せばこの数週間、森永は徹底的といっていいほど家の中で宗一との接触を避けていたように思う。朝夕の食事以外は同じ部屋で過ごすこともなかったし、学校はともかく連れ立って外出することもなかった。後半、森永が夜に一人で外出することは多かったが。
(どこかヨソに良いヤツでも見つけたのかと思えば)
 磯貝情報によると、森永は馴染みのバーで毎晩メソメソしていたらしい。あまりにも哀れなその様子に店員以外誰も近寄れなかった程だったという。宗一の前では絶対そんな姿を見せなかったのに、だ。
 しかしそもそもなぜ磯貝がも森永の行きつけの店を知っているのかが謎だ。森永は磯貝のことをひどく煙たがっている様子なので、進んで情報を与えるとは思えないのだが。

『宗一君、森永君の前で俺の名前出してごらん。彼、すっごく嫌そうな顔をすると思うよ』

 そう言われて半信半疑で磯貝の名前を口にしたときの森永の表情といったら、今でも思い出し笑いをしそうなほど見事なものだった。記憶のない宗一でも「あ、コイツ磯貝のこと毛嫌いしてんだな」と察するほどに。

 そんな回想をしていると、森永が風呂から上がってきた。
「わー、先輩と飲むの久しぶりですね」
 なんて言いながら、森永がニコニコとラグに腰をおろす。
「つまみ、チー鱈でよかったか?他にもあったけど」
「もちろん。なんなら俺何か作りましょうか?」
「いーよ、別に。……それにこれは俺からの詫びのつもりなんだから、お前は黙って酒飲んどけ」
 ほら、といってよく冷えた缶を手渡す。ヱビスのシリーズで一番高い缶、最近発売したばかりだと店のポップに書いてあったヤツだ。
「侘びだなんてそんな……でもこれ飲んでみたかったんですよね〜!ありがとう先輩」
 嬉しそうに笑うものだから、不覚にも暫し凝視してしまう。――いつだってこんな顔してればいいのに。
「先輩?」
「え?あ、いや、なんでもねぇ」
 慌ててお互いの缶をぶつけると、飲み口から少しだけ中身が零れてしまった。

 そのお高めのヱビスは値段通りの美味しさで、宗一も森永も満足して缶を傾けた。久しぶりの晩酌は酒が進み、この3週間を埋めるかのようにお互いよく喋り、笑った。森永が日中見せていた妙な表情は、今のところ影を潜めている。ならばとっとと聞いてしまおうと判断し2本目の缶が空になったところで単刀直入に切り出した。
「お前さ、」
「何ですか?」
「また馬鹿なこと考えてんだろ」
 森永がぶっと吹き出した。
「きったねぇなぁ〜何やってんだよ」
「ちょ、だっていきなり……!」
 あわあわと狼狽える森永にティッシュを箱ごと投げつけ、
「どうせ俺の記憶がなくなってたことについてだろ」
「え、先輩エスパーですか」
「そんぐらい見当つくわ」
 3本目の缶に手を伸ばし、プルタブを起こす。明日は月曜日なので、この辺りで止めておかなければ。
「で、具体的にどんなこと考えてたんだよ」
「えっと……それは……」
 なぜか森永はその場に座り直して正座した。これではまるで宗一がお説教をしているみたいではないか。せっかくなので宗一は腰を下ろしていたラグから立ち上がり、ソファーに座り直して森永を見下ろす位置についた。これでよし。
「早く吐け」
「……」
 余程言いにくいのか、森永の顔が徐々に伏せられていく。宗一としてはここまで森永を追い詰めるつもりはなかったので、どーしたもんかと頬をポリポリ掻いてしまう。
「あー……お前、俺が記憶戻って嬉しくなかったのかよ」
「!もちろん嬉しかったに決まってるじゃないですか!!」
 ガバッと森永が顔をあげる。その熱の籠った瞳はまっすぐに宗一に向けられていて、その言葉に真実嘘がないことがわかる。
「じゃあ腹に溜め込んでること出しちまえよ。お前が今考えてることを言え」
 そう宗一が促しても、なかなか森永は言葉を口にしない。こういうときの森永が頑固であることはわかっているので、こうなったら根比べを覚悟した。
 そして宗一の手にある缶が空になる頃になって漸く、
「――考えちゃったんです」
「何を」
 間髪入れずに宗一が問う。
「……このまま先輩が」
「おう」
「俺のことを思い出さなかったら、」
「ふん」
「……先輩は……」
「ちゃっちゃと喋れ」
「……普通の幸せを掴めてたんじゃないかって」
「……」
「……それに……俺のことを思い出せなかったのも……きっと……心、の奥では、俺との関係を苦痛に思ってるからなんじゃないか……って……」
「……」
 再び森永の顔が完全に伏せられた。


 宗一は心の機微を読むのが苦手だ。
 とりわけこういったデリケートなものは最も避けたい場面である。
 普段なら拳の一発でも出せば治められるのだけど、さすがにこの場面では出せないから。
 
 腕を伸ばして、しょげかえったワンコのような男の髪をわしゃわしゃと撫でてやる。


「――あのな、俺がお前のことを思い出した時、その、なんていうか、普通に嬉しかったぞ?お前との関係を苦痛に思ってたら、そんな反応は出て来ないと思うが」
 拙いながらも言葉を紡ぐが、森永は顔を伏せたままだ。
 こんなときに何を喋ったらいいのか宗一はわからないので、頭に浮かんだままの言葉を口に乗せる。
「えーと、あれだ、ほら、大切なものって鍵かけて大事に奥に仕舞っておくだろ?記憶だってそうなんじゃねぇの」
 どこかで聞いたような台詞だと思ったが、ややあって磯貝から言われたことを思い出した。悔しいことに、森永の考えていたことも含め、アイツの読んでた通りだったではないか。
 ふと気付くと森永の髪を撫でていた腕の角度が変わっていた。見ると、森永が顔を上げて宗一を見つめている。
「……俺のこと、大切だと思ってくれてるの……?」
 その黒目がちな瞳に見つめられると、背筋にぞくりとするものが走る。決してそれは不快なものでは、ない。髪を撫でていた手でペシリと森永の額を叩く。
「てか俺もお前に聞きたかったことあんだけど」
 質問には答えてやらない。
「お前さ、一度も俺に自分のこと思い出せって言わなかったよな。なんで忘れたのかって怒りもしなかったしよ」
「それはだって」
 森永が立ち上がって、宗一の隣に腰を下ろす。二人の距離は、拳一つ分しか離れていない。
「俺のことなんて思い出さないほうが先輩の幸せだと思ってたから……それにそんな好きな人を責めるようなこと、言えるわけないじゃないですか」
 下手に照れて逃げることもなく、ただまっすぐに森永が宗一を見つめる。

「同居解消しようとしてたくせに」

「言い出した後は死ぬほど辛かったです」

「夜出歩いてたくせに」

「家にいたら先輩を襲いたくなっちゃうから」

「辛そうな顔してたくせに」

「先輩が俺のこと忘れてるんだもん」

「辛かったか?」

「辛かった」


 宗一の片手が伸び、森永の目元を拭う。しかし堪えきれなかったのか、反対側の瞳から大きな雫が一粒頬を伝った。


「泣くな」

「泣かせて」

 そう森永がいうので、肩口に頭を引き寄せてやった。
「暫く貸してやる」
「……ありがと」
 次第に肩のあたりが濡れていく感覚があったけど構わない。キュッとパジャマの袖を掴まれる。
 昨夜よりもはっきりと森永の体温を感じることができるのは、あのときはまだ混乱の中にあったからだろうか。
 そう考えたのは宗一だけではなかったようで、
「先輩……なんか、昨日よりも温かい……気持ちいです」
 鼻声で森永がつぶやく。そりゃよかったな、とそっけなく宗一が返すと、擽ったそうに笑った。
 暫くそのままの姿勢で、お互いの温もりを感じ合っていると
「……あの」
「なんだ」
「先輩がよければなんですけど……今日も一緒に寝ませんか?……何もしないとは約束できないんですけど」
「できねーのかよ」
「うん」
 そう小さく呟いて、まるで許しを請うかのように森永が額を肩に擦り付けてきた。
 

 ったく……。


 自分がこの後輩に甘いことは重々自覚している。せめてもの反抗として、思いっきり大きくため息をついてやった。するとそれを拒否の意思表示と思ったのか、肩口の森永の身体がビクリと震えた。グイッと引き離してその瞳を覗き込むと、不安と諦めの色がないまぜになった色を浮かべている。なんて情けない顔をしているんだコイツは。もう一度ため息をついて立ち上がり、振り返らずに自室に向かった。そして大股3歩でベッドの枕を掴み、再び大股3歩で部屋を出る。リビングのソファーの上では、引き離したそのままの姿勢で森永が固まっている。ぶん殴りたいのを我慢して、リビングを抜けキッチンを横切り、せいぜい大きな音を立てて森永の部屋のドアを閉じてやった。
(俺も甘いよなぁ本当……)
 モソモソと森永のベッドに潜り込んで、部屋の入り口に背を向ける。ベッドの寝具からは宗一にとって馴染みのある、認めたくはないがどこか安心する匂いがしていた。例えるなら、春の陽だまりのような。森永の匂いだ。
 宗一がベッドに横になって数分後、再び部屋のドアの開く音がした。
 ゴロリと身体の向きを変えて、足音の方向に顔を向ける。
 廊下にも室内にも明かりはなく、昨夜と同じくカーテンの隙間から漏れる外の明かりだけが唯一の光源。メガネも外しているので、この位置からでは森永の表情をうかがい知ることができない。
 ベッド脇に森永が立つ気配がした。
「あのよ、いっておくけどな」
 森永を見上げて、宗一が話しかける。
「俺の幸せ俺の幸せっていうけど、俺は自分の幸せぐらい自分で掴むからな。お前に心配されるこっちゃねぇ」
 小さな声で「はい」と返事が聞こえた。
「あとな、俺は記憶があってもなくても、最終的には同じ選択をしてるだろ。記憶がないときになんて……スまでしてお前引き止めてんじゃねーか」
 今度はかすかに震える声で「はい」と聞こえた。また泣いてんのかコイツは。


「もう一つ。お前のことだから、今回みたいなケースじゃなくてもまたいつか同じことでうじうじ悩むんじゃねーかと思う。それはしょうがない、俺とお前の思考回路は全然違うからな。悩むなといっても無理だろう。ただしそんなときはちゃんと俺に話せ、溜め込むな。そのたびに、思い込みでガチガチになったその頭を殴り飛ばしてやっから。わかったか」


 今度はなかなか普通の音声で「はい」と返事が聞こえた。




 両の腕を、昨日森永がして見せたよりも心持ち幅を広げて伸ばす。
 
 きっと今再び涙目であろう自分の大事な存在に向かって、ほら、と呼びかけた。



「来い」


 

 文字通り飛び込んできた森永は、夜目でもわかるほど蕩けた顔をしていた。










「こぉんのばっかやろぉぉおおおーーー!!!!」
「ごめんなさいぃぃぃいぃ!!!!」
 月曜日の昼下がり。教授からの伝言を言付かった山口が実験室に顔を出したとき、探し人である森永は宗一にガシガシと踏まれて屍よろしく床に転がっていた。
「あ、山口先輩お疲れ様です」
 ちょうど入り口の近くにいた美春が声をかけてきたので挨拶を交わした。その間も宗一の怒鳴り声と森永の謝罪が繰り返し聞こえてくる。
「森永から連絡もらったけど、巽さん、記憶が戻ったらしいね」
「そうなんですよー。だからもう今日は久しぶりに森永さんの悲鳴が響きまくってて」
 そういう美春の顔には迷惑そうな様子がまったくなく、寧ろ上機嫌といってもいいほどの表情である。
「美春さん、楽しんでるでしょ」
「いえいえそんな」
 ただ、
「――なんだか嬉しいんです。あぁ、これでいつも通りだなって。やっと日常に戻ったんだなって感じで。森永さんには悪いけど」
 さっき田所くんともそんな話してたんですよ、と美春が屈託ない笑顔を浮かべる。
「なるほどね。確かに、森永の悲鳴が聞こえないと巽研らしくないもんな」
 山口もあっさりと友人を切り捨てて日常を選んだ。美春と同じくこの状況を喜んでいるのは明らかで、口元が綻ぶのを抑えられないでいる。――この二人はこうでなくっちゃ。
「森永、嬉しそうに殴られてんなー。何、なにか失敗したの?」
「いや、森永さんが巽先輩のそばをうろうろしてて、それで巽先輩の手元が狂っちゃったんです。ちなみに田所君、今絆創膏買いに行ってるんですよ。ここ最近絆創膏の出番もなかったから切らしちゃってて」
「なるほど」
 和やかに会話を続ける二人の前で、宗一の拳が森永の顔面にクリーンヒットした。
「先輩許してぇぇ〜……だって昨日無理させたから心配で……
「うるせぇ馬鹿野郎ッ!!!だから近いんだってば!!!」






 

 あなたがいない日常なんて、自分にとっては非日常のことで。

 あなたがいる日常は、こんなにもいとおしい。

 あなたがいてくれることが、自分の幸せ。

 どうかずっとずっと、このままで。









 エロをがっつり省いたために、兄さんに言わせたかった台詞を入れることができませんでした( ノД`)もともとそれを言わせたくて始めたお話だったのに、なんと本末転倒なことか。当初の予定以上に、森永君がうじうじしたことが敗因です。彼の闇は思っていた以上に深かった……。小ネタも回収できず消化不良なので、そのうちエロはエロで別に書きます。おっとその前に森誕の準備か……。

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