夏の名前 3

  「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、悲しいかな私の住む地域では相変わらず体温程度の気温をキープしております。
 全国の天気をみると、札幌あたりは最高気温が25℃なんですね……こちらの最低気温にも到達しておりませんよ((((;゚Д゚)))))))本当、日本て縦長なんですねぇ。。


 さて今回のお話も前回の続きからになります。
 少―しだけ、お話が動きます(当ブログ比)。
 (直前のお話はこちらからどうぞ→2


 ではでは、よろしくお願いいたします。







『お見かけしました☆ 本文:お疲れ様です!バイトはどんな感じですか?こちらは今のところ順調です。実は先週F海岸に行ったのですが、そのとき森永さんをお見かけしました。そのとき森永さんと一緒にいた方が巽先輩にそっくりでびっくりしました。巽先輩にその話をしたら驚いてたので、ご親戚とかではないんですね。で、その巽先輩なのですが、急遽佐藤教授のお手伝いに駆り出されることになり、今週の実験は私と田所君だけで進めなければならないことになりました……そこで森永さんに手順を確認しておきたいのですが――』



 ペンションの仕事は朝が早いので自然と就寝時間も早くなる。
 普段なら起きている時間帯に届いていた美春からのメールは、靄がかったような眠気を一掃するぐらいの破壊力があった。
(えぇ?!美春さんこっち来てたの?!)
 慌てて身を起こし、食い入るように画面を見つめる。しかも宗一に由良のことを話したと書いてないか?――うん、書いてある。
(……なんか、なぁ。疾しいことは全然ないんだけど)
 頭の中に愛しい人を思い浮かべる。その表情は不機嫌そうに眉間にシワを寄せたもので、決して由良のように微笑みを浮かべたものではない。しかし思い浮かべるだけで口元が緩んでしまう。
(……早く会いたいな)
 つい先日声を聞いたばかりだというのに、宗一に関しては我慢が効かない。
 スプリングを軋ませベッドから降り立つ。今日も今日とて満室御礼、松田の期待に応えるべくしっかり働かなければ。
 しかし、佐藤教授の手伝いとは何だろう。先日の電話は勿論、昨日のメールでも何も聞かされていない(因みに昨日宗一から届いたメールは『検体に変化なし』の一通だった)。早速今夜にでも連絡してみよう。






 由良陵介という男はモテる。

 ペンションでのバイトも折り返しをすぎ、海の家でのバイトも1週間を越えた。そのたった1週間程度の付き合いでもわかるほど由良はモテる。
 まず見た目がいい。涼やかな目元に細く線の通った鼻筋、形の整った薄めの唇。一見すると冷たそうに見える顔立ちだが、そこに口元の緩やかな曲線がプラスされることで容易く印象に補正がされる。宗一の場合はそのキレイな顔立ちに眉間のシワが加えられるから必要以上に怖がられるのだ(まぁ本人は全く気にしていないけど)。身長は178cmの宗一と同じくらいか少しだけ低いようだが、均整のとれた無駄のない身体つきは同様だ。長髪丸メガネの出で立ちだって、由良の手にかかれば一種のファッションに思えてくる。
 そんなに見た目がいいとなると声をかけてくる客も多いわけで。それが少し煩わしいと厨房に籠っていることも多いのだが、店が忙しいときは表に出てくることもある。そうなると店の忙しさもアップするので、個人的に由良には厨房で大人しくしていただきたいと思っている。
 そして由良の一番の魅力というのはその物腰の柔らかさかもしれない。決してなよなよしているわけではなく、受け流しがうまいというべきか。聞けば由良はバイトをしながら日本中を転々としているらしいから、そういった生活で培われたスキルなのだろう。ちなみに現在はバイト先の海の家の二階に住み込ませてもらっているらしい。
「え、でも二階って座敷が一間あるだけじゃないですっけ」
「うん、だから本当に寝るだけの場所だよ。荷物を置かせてもらえるのも嬉しいね」
 顔合わせの際、住み込みでバイトをしているという由良に思わず尋ねたところ爽やかにそう返された。まぁ確かに近くに銭湯もあるしバス停前にはコンビニもある。男一人が生活するには充分問題ないと思えるが……見た目に似合わず、なかなか逞しいところがある。
 由良がモテると確信したのは、そのコンビニでの目撃が決定的だった。
ペンションでの一日の仕事が終わり、急に甘いモノが食べたくなって夜遅くにコンビニにいった時のこと。お目当てのスイーツを買い求め帰ろうとした際、ふと気配を感じて建物の陰に視線を転じると、見慣れた後ろ姿(実際は違う人物だけれども)にしな垂れかかる女性の姿がチラリと見えた。一瞬ドキリとしたものの、慌てて目線を逸らしてペンションへの道を急いだ。宗一じゃないとわかっていても心臓に悪い。

 そしてその後、似た様な光景をこの1週間の間に3回も目にすることになる。

 いずれも違う女性というのがまたスゴイことなのだが。




「稜介さんってモテますよね」
 遅めの昼食を食べながら、目の前で帳簿と睨めっこをしている店長に話しかける。
「まぁねぇ。あの見た目だし中身もいい奴だし。この辺りにいそうな男じゃないから、それもいいのかもしれない。
 確かに、由良は海よりも都会が似合いそうなスマートな雰囲気がある。いかにも海の男といった風貌の店長と並ぶと、二人の持つ雰囲気の違いが明らかにわかる。
「おかげで由良君と森永君がお店に出てるときは異様に女性のお客さんの入りがよくてね。助かるよ、ホント」
 思わぬところで褒められてしまい、口元に苦笑が浮かんだ。
「ペンションに戻る前に2階の由良君を起こしてね」
 店長が奥に見える簡素な階段を指さす。昼の忙しい時間を過ぎた後、由良は少し仮眠をとるといって昼食もとらずに2階に消えていった。自分が抜けたあともお店は開けているので、昼のピーク時には及ばないながらも客足は途絶えない。由良の手がなければ店長だけで店が回らないことは必至だ。



 なかなか急な角度の階段を上り切り、一間しかない2階の部屋を覗き込む。
「陵介さーん、そろそろ起きて」
 由良は二つ折りにした座布団を枕にし、畳の上に直に寝転がっていた。窓を開け放しているので、気持ちの良い海風が部屋を通り抜ける。そのせいだろう、外は溶ける様な暑さであるが、由良の傍らにある扇風機は微風の設定だ。
「陵介さん、朝ですよ」
 ってもう昼すぎだけど。
 声をかけても目を覚ます気配がないので、そっと顔を覗き込む。
 印象的な丸メガネは外されているものの、そのあどけない寝顔はやはり宗一と似ている。いや、宗一の方が肌のきめも細やかで、開いていれば切れ長な瞳を縁取る睫毛も長いか。唇の色だって宗一のほうがキレイな桜色をしていて、思わず吸い付いて色付かせたいほどの魅力がある。そしてそれを実行に移したとき、形のいい唇から漏れる密やかな声は蜜のように甘くて――。

 いかん、宗一を思い出してしまう。

「んー……」

 不意に由良が身じろぎをし、痒いところでもあったのかTシャツの下に手を入れた。その動作にともなって裾が持ち上がり、その引き締まった腹部が露わになる。なおも痒いのか手は身体の上の方を這い上がり、あと少しで胸の飾りが見えてしまいそうなほどにTシャツの裾が――。



“ブワッッ!!!!”



「……哲…博、君?」
「おはようございます」
 突如顔面に強風を当てられ驚いたのか、漸く由良が目を覚ます。
 両目を擦るその仕草を見て完全に起きたと判断し、由良に直風が当たるよう角度をつけた扇風機を微風に戻した。
「びっくりした」
「だって陵介さん目を覚ましてくれないんだもん。俺、ペンションに戻らなきゃだからそろそろ起きてくださいね」
 そう言って側を離れようとしたところ、「ねぇ、」と呼び止められる。
「あのさ……哲博君ってどんな女性がタイプ?」
「なんですか突然」
 予想外の話に驚き、思わず足を止めた。
「いや、昨日お店にきてくれたお客さんと飲んでたんだけど」
 あーはいはいコンビに行くときにお見かけしましたよ、ショートボブの可愛い系女子でしたね。という突っ込みは心の中だけで留めておく。
「そのコの友達がね、哲博君に一目惚れしちゃったんだって。だからどんな女性がタイプなのか聞いててほしいって言われちゃって」
「どんな女性かって……うーん……」
 実はバイト中も女性の客から同様の質問をうけることがあった。そういうときは当たり障りなく「優しい人ですかねー」と流しているので、由良にもそう言おうと口を開きかけたところ
「この前の電話の相手」
「へっ?」
 我ながら間抜けな声が出た。
「哲博君が片想いしてるっていう相手はどういうコなの?」
 あー、そういえば宗一との電話を聞かれたんだった。まだ寝転んだ姿勢のまま見上げてくる由良から視線を逸らしながら、なんとなく頬を掻く。
「えっと、強くてカッコイイ人です」
「え?女性に対してそんな表現?」
 しまった!!
「あ、えと、美人です。相当な」
 フォローのように付け足してしまったが、宗一がキレイなのは事実である。まぁそんなことを思っているのは自分だけだろうけど。
「へぇ。芯のある美人さんってとこかな」
「うーん、芯があるというか頑固というか……」
 思わずごにょごにょと呟くと、由良がおかしそうに笑った。そのままごろりと寝返りを打ち、仰向けから横向きになる。その姿勢は腰のくびれを強調するようで、Tシャツの裾から見える僅かな素肌が絶妙にエロい。極め付けに上目遣いで、
「でも哲博君は惚れてるんでしょ」
 と微笑みかけてきた。その仕草が妙に小悪魔的で色っぽい。宗一と同じような見た目でこのような挑発的な仕草はやめてほしいが、もちろん由良は無意識だろう。しかしそういういった宗一とは異なる振る舞いを見つければ見つけるほど宗一と由良を混合することはなくなるし、早く宗一に会いたいという願望は募る。
「はい。それはもう」
「ふふ……哲博君がそんなに惚れてるだなんて、一目でいいから会ってみたいよ」

 いえ、そんなことがあろうものなら大変なことになりそうなので、そこは謹んで遠慮させていただきたい。なおも話を続けたそうな由良であったが、階下から店長の呼ぶ声がしたので会話はそこで終わりとなった。



*****

 そんな話をした翌日。バイトも10日目を迎え、残りは5日となった。そろそろお盆が近いので、海水浴の人出も今がピークかもしれない。お盆を過ぎればクラゲの時期なので海のシーズンも終わりに近づく。
 漸く客足が落ち着いたので店長に暇を告げ、裏口で空き瓶の整理をしている由良に声をかけた。
「陵介さん、俺戻りますね」
「うん、お疲れ様……哲博君と一緒に働けるのもあとちょっとだなぁ」
「そうですね。あっという間でした」
 柔らかい笑顔を向ける由良に、同じように微笑みかける。
 暫く他愛のない立ち話をしていると、横の道路を大きなトラックが通った振動で積み上げられたビールケースがガタガタ揺れた。
「わっ!」
 由良よりもケースの近くにいた自分が飛びつき、揺れがおさまるまで暫しそのままでいる。これはちょっと高さを変えた方がいいかもしれない。
「ねぇ陵介さん、これいくつか下ろしません?危ないかも」
 そういって目の前の由良を見たが、由良の目線はこちらに向けられていなかった。驚いた表情を貼り付け、金縛りにあったように一点をみて固まっている。
「え、どうしたの?」
 視線の先にあるのは道路の反対側の歩道。由良が驚きそうなものは何もないが――

「今、そこに」

 我に返ったように由良が瞬きを繰り返す。

「俺とそっくりな人がいた」

 え、ともう一度その視線の少し先をみると、歩道から僅かに逸れる道を行く人が見えた。道なりに林の中を進むと、自分のバイト先であるペンションがある。というより、ペンションしか、ない。
「一瞬目があったけど、あっちもすごく驚いた顔してたなぁ……すぐ目を逸らされたけど」
 なんか哲博君を見ていたような、という由良の呟きはどこか遠くで聞こえているような感覚だった。



 あの早足ともいえる歩調は。

 あのスーツケースは。

 何より、あの後ろ姿は。

 でも何で?



「せん……ぱい」
 


 そう思ったときには、身体が動いていた。
 由良の制止するような声が聞こえた気がしたが、そんなの構っちゃいられない。
 左右の確認もせず道路を横切り、一目散にその人目掛けて駆けていく。先程のように大型のトラックが通ることもある道路なのにと頭の隅で冷静に突っ込む自分もいたが、一台も通らなかったからいいじゃないかと無理矢理考えを封じ込める。ペンションまでの道はわずかに傾斜していて普通に歩くだけでも地味に体力を削られる。この暑さの中で坂道ダッシュなんて自殺行為かもしれないが、そんなこと気にかけていられない。緩やかな坂道を歩くその人の背中まで、あと少し――手を伸ばす。


「せんぱいっ!!!」


 驚いたように振り向いたその人の顔を見て(あぁ、やっぱりだ)、ここまでの疲れが一気に吹き飛んだ。そして走ってきた勢いそのままに抱き付いた。





 危ない、と叫んだ言葉は哲博の耳に入らなかったようだ。
 反対側の歩道で目撃したそっくりさんの話をするなり、顔色を変えた哲博は普段の落ち着いた様子はどこへやら一目散に駈け出して行った。道路に飛び出したときは間違いなく左右の確認を怠っていたと思う。そして見事な速さでペンションに向かって歩く青年との距離を詰め、声をかけたのか青年が振り向いた瞬間に――飛びかかった?!
(んっ?!?!)
 哲博みたいな大柄な男に抱き付かれ、その青年は明らかに体勢を崩した。構わず哲博が身体を離さないでいると、
(んんっ?!?!)
 哲博の身体が吹っ飛んだ。遠目なので青年が何をやったのかまではわからないが、角度的に腹に拳でも入れたのではないか。そして地面に崩れ落ちた哲博を足蹴にしている。もしかして哲博が誰かと人違いをして抱き付いたため不審者と思われたのか。まぁ確かに見ず知らずの男が全速力で駆け寄ってきて抱き付いたら、いくらイケメンとはいえ不審者認定は仕方がないだろう。
 助けに行こうと一歩踏み出したところで、青年が哲博の上から足をおろし、ペンションの方向に向かって歩き出した。当然のように手ぶらで。すると哲博が勢いよく起き上がり、傍らに放置されていたスーツケースを手にして後を追うではないか。その足取りは軽く、まるでご主人様に着いていく忠犬のようで、
(哲博君に尻尾が見える気がする)
 やっぱり知り合いだったのかと一安心した反面、あそこまで喜ぶ哲博の様子と駈け出す前にもらした呟きが気にかかる。


『せん……ぱい』


 確かにそう、呟いていた。ただの先輩後輩の関係で、あそこまで喜びをあらわにするものだろうか。余程親しいのかとも思ったが、あの青年の応対をどう捉えるべきか――

 そこまで考えて、数日前偶然耳にした電話を思い出した。



『早く先輩に会いたいです』



 その時の哲博の幸せそうな顔も思い出す。
 記憶の中の表情と、先ほどみた光景がリンクした。

(ということは……)

 一つの解に思い当り、ペンションの方角に視線を向ける。林に囲まれているのでその姿は見えない。
 知らず知らずのうちに、口元が綻ぶ。

 そんな自分の表情は周りからは穏やかな笑みに見えたかもしれないが、もしも鏡を前にしていたなら、我ながら不敵な笑みだなぁと思ったに違いない。






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