voice 1

 今日は寒かったですねー((((;゚Д゚)))))))
 我が地方では例年より18日遅い初雪を観測したらしいです。
 大寒を過ぎれば暦の上では春になりますが、果たしてこの寒さはいつまで続くのやら。。


 さて、今回のお話から連作になります。
 今までのお話からすると少々異色なものになるかもしれません。
 ほっこり路線を離れるつもりはないので、今後シリアスな展開になってしまっても「はいはいどうせ今だけでしょ(´_ゝ`)」と鼻で嗤っていただけると浮かばれます。


 ではでは、よろしくお願いいたします。







 最初に変化が現れたのは唇だった。


「おい、なんか唇の端に赤いのが出来てんぞ」
 向かい合っての朝食時にそう指摘すると、森永は眉を顰めて「そうなんですよ〜」と情けない声をあげた。
「なんか最近ピリピリして痛痒いなぁと思ってたんですけど、とうとうこんなになっちゃいました」
 所謂アラサーの男がぐすんと泣き真似をしたところで可愛くない。寧ろキモい。その赤く腫れあがった箇所は、よく見ると水膨れになっているようだ。見ているだけで痛々しい。
「それ、大丈夫なのか」
「わかんないです。けど移す病気だったらアレなんで治るまでキスはできないかと」
「よし、一生治すな」
 俺的に好都合じゃねぇかと心から言うと、目の前の同居人はさらに情けない顔になった。大手企業の若手エース(と教授が言っていた)のくせに、なんという顔をするのか。
「しゃきっとせんかしゃきっと」
 罰としてほうれん草のお浸しを奪うと「全部どうぞ」と器ごと寄越される。ポン酢が水膨れに飛んだらどうしようと思っていたらしい。ならばと皿の上の茹でブロッコリーとトレードしてやった。
「はぁ……先輩に行ってきます・行ってらっしゃいのキスができないなんてどんな拷問なんだろう」
「いや、そんな習慣ねぇし」
 こんなくだらない会話ができるのも朝ならではだ。最近の森永は年内にかなり大きなプロジェクトを控えているとかで、会社に勤めだしてから一番忙しそうにしている。朝こそ会話をする余裕があるものの、深夜の帰宅時には「ただいまです」「お帰り」「おやすみなさい」「おやすみ」の会話以外をすることがない。たまに自分を気遣って「先に寝ててください」と言うぐらいだが、同じ家に暮らしているんだから「お帰り」ぐらい言わないと気持ちが悪いので聞き入れるつもりはない。
 それに一日の終わりに同居人の間抜け面を見ると気持ちがほどよく解れるのだ。勘違いされそうなので口に出すつもりは一切ないが。
 なんせ学生の頃に始めた同居はもう5年以上、だからまぁ、間抜け面に慣れた身としては昔と変わらないその顔に安心してしまうのだろう。絶対言ってやらないけど。


「ねぇ先輩、やっぱり行ってきます・行ってらっしゃいのキスの習慣作りましょうよ」
「よしお前唇だけじゃなくて頭ん中も診てもらってこい」
「そんなの診てもらっても先輩への愛情しか詰まってないと思いますが」
「今すぐ開頭してやるからノコギリ持ってこい」



 その日も終電ギリギリに帰ってきた森永は、会社の医務室で口唇ヘルペスと診断されたと言っていた。十日もすれば治ると言われたとのことで、確かにそれぐらいの日数が経つ頃に水膨れは乾燥して瘡蓋になり、いつのまにか剥がれ落ちていた。




 しかし、その後も間隔はまちまちながらも熱の花は再発を繰り返す。



 アイツが「もう慣れました」と笑うから、その笑顔を信じるしかなかった。





*****


 次に変化が現れたのは爪だった。


 朝コーヒーを受け取る時、なんとなしに触れた森永の指先に違和感を感じた。
「お前爪になんかしてんのか」
「へ?」
 それぐらい、妙な感触が指先に残った。突然の問いかけに驚いたのか、森永の手がそのまま宙に浮いている。それを掴んで目の前に持ってくると、
「何だこのでこぼこ」
 全ての爪にではないものの、数本の爪の表面にクレーターのような凹凸ができている。慌てて反対の手も掴み上げると、そちらの手も同様だった。
 本来滑らかであるはずの面に、無数の小さな凸凹。ジッと見ていて気持ち良いものではない。すると森永が悪戯がばれたような苦笑を浮かべる。
「なんか最近出てきちゃったんですよねぇ」
「痛みとかは」
「それが全く。でも気持ち悪いですよねー。ヤスリとかでキレイにしようかなぁと思ってはいるんですけど」
「ヤスリ?」
「百均にあると思うんですよね、女性がネイルケアで使うような爪用のヤスリが。男の俺がネイルサロンに行くわけにもいかないから、自分で整えようかと」
 何がネイルサロンだ、お前そんな暇ねぇじゃないか。
 例の大きなプロジェクトのおかげで、ここ数ヶ月間森永はまともな休みをとれていない。とれても半休、大抵は家を出る時間が少し遅くなるぐらいで変わらず出勤していく。もちろん、平日の深夜帰宅は継続中だ。
「……会社休めねぇのかよ」
 爪は体調を表すバロメーターだという。こんな風に変形するなんてどう考えたっておかしい。
「大丈夫ですって」
 これまで何度となく繰り返された会話を今朝も繰り返す。
「どんなにへとへとになっても、帰ってきて先輩の顔みたら疲れなんて吹き飛んじゃうんですよね。それに若造の俺には勿体ないぐらいの仕事を任されてますし、大丈夫です」
「……」
「あ、その顔いい。その心配気な顔、写メっていいですか?いつもの強気美人な先輩と違って妙に唆られ――」
「死・ね」
 森永がわざと混ぜっ返しているのはわかっていたが、敢えて乗ってやった。そうじゃないと朝から深刻な雰囲気になってしまう。
 こっちの気持ちを知ってかしらずか、目の前の男はコーヒー片手にふにゃっとした笑顔を浮かべている。
 こんな顔で「大丈夫」と言われたら。




「あと少しですから。この案件が終われば落ち着くはずですから」




 アイツがそう言ったから、その言葉を信じるしかなかった。





*****


 森永の携わるプロジェクトが社外にお披露目される日が近づくにつれ、森永が纏う雰囲気が少しずつ変化していった。
 極限に疲労が高まっているはずなのに、言動が普段以上に明るく力強い。
 あぁ、アドレナリンが出てるなと思う。
 これは気が抜けると一気に体調が崩れる危険がある。幸い自分の方は仕事が落ち着いているので、森永に構う時間は何とでもなるだろう。

「今日が終われば一安心です。後始末はのんびりでいいらしいし」
 発表会当日の朝。先に家を出る森永を玄関で見送ると、ヤツは久しく見ることのなかった柔らかい笑顔を見せてきた。唇の端には小さなヘルペスが瘡蓋になっているし、爪の凸凹は結局暇がなかったのか凸凹のままだったが。 
「おう、行って来い」
 気合を入れるつもりでネクタイの結び目をキュッと締めてやると、至近距離でだらしのない笑顔を目の当たりにしてしまった。この大事な日にこんな馬鹿面を晒すだなんて、本当にコイツは大丈夫なのだろうか。
 しっかりしろと殴りつけたい衝動を堪え「ほらさっさと行け」と言わんばかりに手を振ってやると、森永はくすぐったそうな笑い声を零しながら出て行った。
 


 そのプロジェクトの成功は本人から連絡がなくとも夕方のIT・科学部門のネットニュースで配信され、講座内でも結構な話題になった。なんせそのプロジェクトの中心メンバーに我が講座の卒業生が名を連ねている。福島教授なんて元からのえびす顔を更に緩め、教え子の成功を喜んだ。
「巽君はまだ森永君と交流があるよね?」
「えー、あー、まぁ、はい」
「そうかそうか、落ち着いたら顔を見せて欲しいと伝えてくれないかな。ぜひこの成果について語り合いたいからねぇ。いやぁ、本当に嬉しいよ……」



 その夜、森永は打ち上げがあったにも関わらず終電前に帰ってきた。決して早い時間ではないが、ここ数ヵ月の中では驚くほど早いうちに入る。本当だったら盛大に労ってやりたかったが、翌日はいつもより早めに出社しないといけない(後始末はのんびりで良かったのではなかったか)とのことだったので缶ビール一本ずつのささやかな祝杯をあげた。

「こんなに嬉しい夜なのに先輩にキスできないなんて……」
「お前、その瘡蓋ひん剥いて傷口晒せ。そしたらまだ治んねぇだろ」
「ひぃっ!!悪魔……!!」



 



 翌朝、目覚めたときにはもう森永の姿はなかった。人気のないひんやりとしたリビングに、それでもきちんと朝食の茶碗類がセッティングしてあるのを見ると思わず苦笑が漏れてしまう。この数ヶ月間、朝食の用意をするぐらいなら1分でも長く寝てろと口酸っぱく言ってきたのに。ここまでくるともう意地もあるのだろう。そしてその茶碗の下に

『おはようございます!よく眠れましたか?今日は絶対早く帰ってくるんで、久しぶりに一緒に夕ご飯食べましょうね。今日も愛していますよ!』

 とぶっ飛んだメモを挟んでいくのも森永らしいが。

 そのメモを力強く握りつぶし、ノールックで部屋の隅にあるゴミ箱に投げ入れる。
 とりあえず、今夜は久しぶりにコンビニ飯じゃない晩飯になりそうだ。



 自分では意識していなかったものの、今日の自分は少し浮足だっていたらしい。
「巽君、今日はやけにせっかちだね?夜に何か予定でもあるのかな」
 珍しく午前中に実験室にやってきた福島教授にそう突っ込まれ、鏡を見なくとも耳まで真っ赤になったのがわかった。そんな自分を見て学生連中が目を丸くしているのも気付いているし、なにより福島教授がニコニコとこちらを見ているのが非常にいたたまれない。
 予定なんてない。いつも通り実験を進めて授業をやって会議に出て、全てが終われば家に帰るだけだ。何も特別な予定はない。森永と揃っての晩飯だって一緒に暮らしているのだから別に普通のことだろう。ただ、久しぶりだというだけで。
 それで何で自分が浮かれる必要があるんだ。

 一旦気持ちを落ち着けるため目を閉じて息を吐く。……よし。
 
 気持ちを新たに、薬剤をシャーレに落とそうとした瞬間、


“ヴーッ”


 ジーンズの尻ポケットに突っ込んである携帯が唸った。まるで見計らったかのようなタイミングに、意図せず眉間にシワがよる。
 集中力が途切れたついでに携帯を引っ張り出すと、新着のメールが一件届いたとのこと。発信元は森永。
 よし帰ってきたら一発殴ろうと心に決めて(どうせ晩飯のリクエストとかくだらない要件に違いないから)メールを開いたら、




「……は?」




 思わず漏れた声は決して大きな声じゃなかったはずなのに、実験室中の視線が一気に自分に向けられたのがわかった。
 でもそんなことに意識をやる余裕はなく、画面の文字を理解するので一杯だった。

 なんだ、これはどういうことだ。






〔タイトル:無題 本文:声が一切出なくなりました。声以外は異常ないです。これから精密検査を受けてくるので帰りが遅くなると思います。すみませんが、晩ご飯は先に済ませていてください〕













   →2
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久々の森永くんとの晩御飯に無意識にウキウキそわそわしちゃう兄さんかわいいいい!
そして森永くんはかわいそうな状況がよく似合いますねぇ(笑)
所々に日常の何気ない二人の気安さが表れていてほっこりです。もう完全に夫婦ー!(笑)

Re:

はな様

夫婦ですよね〜www
内容的にどうしてもシリアス寄りになってしまうのですが、そんな中でもほっこりしてもらえると嬉しいです!
まぁシリアスといってもblue仕様ですからね、大したほどでは。。( ´ - ` )
これからお話が展開していく中でもほっこり要素は大切にしていきますので、最後までお付合いいただけると幸いです(^_^)
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