voice 4

 何ですかこの寒さはーーー((((;゚Д゚)))))))!!!
 朝、玄関を出たら一面の銀世界でした。天気予報やニュースをみて覚悟はしていましたが、ここまでとは。。。
 この寒波が週末でよかった、と思うのは勤め人ならではでしょうか(´_ゝ`)


 今回のお話も前回のお話の続きになりますが、ここからほっこりターンです。お話の中で本編にはない二人の運転免許について言及していますが、どうぞ広い心で見逃してくださいませm(_ _)m


 ではでは、よろしくお願いいたします。







『200m先 ヲ 左デス』
「おい、次左だってよ」
 はい、大丈夫ですよ聞こえてますよ。耳は大丈夫ですから。
 ポンポン、と軽やかなチャイムが聞こえたので、ゆっくりと左に切る。
 大通りから逸れたことで周囲の風景が一転し、高層マンションよりも築年数の古い家屋が目立ちはじめた。車の数もグンと減り、久し振りの運転で強張っていた身体が少しだけ緩む。ステアリングを握りなおすと同時に深呼吸すると、思いのほか肩の力が抜けた。
 一方で、助手席に座る先輩は終始リラックスした表情だ。車に乗ってからずっと外を眺めていたけど、今は身を乗り出してナビを覗き込んでいる。
「目的地まであと30分か……じゃあ目標15分な。15分超えたら罰としてお前昼飯抜き」
 は?!いやいやいやいや何言い出すんだこの人は……人が文字通り反論できないとわかっての所業か!
 思わず非難の意味を込めて助手席に視線を向けると、間髪入れずに左の太腿を叩かれた。
「〜〜〜!!」
「運転中に余所見すんな!」
 今赤信号で停まってるじゃないですか!
「ホラ青になったぞ」

 もー!
 早く声が出るようになりたいっ!








「お前、明日病院ないよな?」
 声が出なくなって7日目の夜。
 夕飯の席で先輩がそんなことを聞いてきた。
 箸をペンに持ち替え、常に傍に置いてある落書き帳に文字を走らせる。
『ないですよー』
「何か予定あるか?」
『スーパーに行くぐらいですかね』
「じゃあ明日は朝から出掛けるからな。10時には家を出るからそのつもりでいろよ」
『え、学校は?』
「講義は休講、実験は助手たちに任せてある。たまにはいいだろ」
『どこに行くの?おれも?』
「なんだよ予定ないんだろ。文句あるのか」
 その後何を聞いても(書いても)明確に答えてくれず、挙げ句の果てに「食わないなら俺が食うぞ」とメイン(豚の生姜焼き)に箸がのびてきたので慌てて話を打ち切った。
 そして今朝、先輩に連れてこられたのは駅前のレンタカー店。予めネットで予約していたのかトントン拍子に手筈が整い、気がつけば今日一日レンタルする車の説明を受けていた。そしていざ車に乗り込もうとした段になり、先輩が運転席側のドアに手をかけたことで我に返った。学部生の時に身分証明書目的で免許を取って以来の先輩と違い、こっちは仕事で社用車を運転することがある。視覚や聴覚に問題があるならともかく、今の自分とペーパードライバーの先輩ならどう考えたってドライバーは自分だろう。受付の時に同乗者の免許の提示も求められたので、自分が運転したって問題ないはずだ。
「お前大丈夫なのかよ」
 いや、アナタよりは大丈夫だと思いますよ?!
 声が出てたら間違いなくそう言ってた。いや、声が出なくとも口はそう動いていた。

 かくして店員さんの笑顔に見送られ、助手席に先輩を乗せて車を出した。先輩がナビを弄っていたようなので行き先は決まっているのだろう。



「お、もうそろそろだな」
 ナビから『目的地付近デス』という音声が流れると、それまで外を眺めていた先輩が正面に視線を戻した。そのままナビは終了してしまったが、ここまでくると先輩がどこを目指していたかはわかる。予想外の目的地にちょっと驚いたけど、なんでここに来たのかは後でゆっくり尋ねることにしよう。
 道路の案内標識通りに駐車場に入ると、真冬のこの時期にも関わらず広い場内には数台の先客がいた。ワンボックスカーが多いところからして、もしかするとここはその手の人たちの間では知られた場所なのかもしれない。
「よし、降りるぞ」
 外は予想以上に寒かった。場所柄かもしれないが、周りを囲む防風林がなければもっと寒いに違いない。まさかこんな所にくるとは思わなかったので羽織っているのは軽めのピーコート。出掛ける=街中だろうと思って油断していた。
 ふいに吹き付けた突風に首をすくめると、先輩が何か柔らかいものを投げつけてきた。
「喉んトコロぐるぐる巻きにしろよ」
 それは車に乗るなり後部座席に放り込まれていた先輩のマフラーだった。慌てて返そうとするも、「俺は首元温いからいいんだよ」と拒まれる。確かに今日の先輩は厚手のタートルネックをコートの中に着ているので、丸首セーターの自分よりは温かそうだけれど。
 ありがたくそのマフラーを首元に巻き付けると、ふんわりと先輩の匂いが鼻先をくすぐった。世界で一番、自分が安心する匂い。すっぽりと口元まで覆うよう調節して、とっとと歩き出した先輩の後を追った。

 松林の先には、まさに真冬といった鈍色の海が広がっていた。その色は真夏の時の親しみやすさとは一転、全てを拒絶するような意志さえ感じられるほど刺々しい。腹の底に響くような潮騒もその効果に一役買っているのかもしれない。
 長い砂浜には殆ど人影がない。沖の方で波と遊んでいるのはおそらくワンボックスカーの持ち主たちだろう。夏と違ってだいぶ余所余所しく視覚的にも冷たいのに、よくもまぁ戯れようという気になるものだ。
『どうしてここに?』
 ボディバッグからいつもの落書き帳(スマホは指が悴んでいるので細かい作業は厳しい)を取り出しそう書きつけると、隣を歩く先輩は文字を一瞥してゆっくりと前に向き直った。
「なんとなく。たまにはいいだろ」
 確か昨晩も似たようなセリフを聞いたような気がする。でもまぁ先輩の気まぐれとはいえ、ドライブデートで海に来られたのは単純に嬉しい。今までレンタカーを借りてドライブをしたことはなかったし、そもそも二人で遠出をすること自体があまりないのだから。
 

 気遣ってくれてるんだろうな。

 
 隣の愛しい人をちらりと見遣る。



 つい二日前、声が出なくなって初めてパニックを起こした。暗闇の中泣きながら新聞紙を引き裂くだなんて、一体どんなホラー映画だ。自分のとった行動とはいえ思い返すと寒気がしてくる。あの時、自分は間違いなく壊れかけていた。そのまま一人っきりだったら本格的に砕けていただろう。
 そうならなかったのは、先輩が抱きしめてくれたから。耳元で繰り返される「大丈夫」という言葉にどれほど救われたか。ここに至って漸く自覚した現状に、溢れる涙を止める術はなかった。そもそもこれまでこの現状について“辛い”とか“苦しい”とか思わなかったことからして、自分は普通ではなかったのだ。無自覚とはいえ、声が出ない現状は間違いなく精神を蝕んでいた。
 それに気付いた瞬間、一気に押し寄せてくる感情の波に溺れそうになったけれど。
 背中に回された腕の力強さと温かさが、正気を保たせてくれた。

 それにしたって先輩ったら「俺が、いる」だなんて超男前なセリフをどこで覚えてきたのだろう。これ以上惚れてしまったらどうしてくれるのだ。ちゃんと責任を取ってもらわねば。




 そんなことを考えていると、つと先輩が足を止めた。そのまま海の方を眺めるので隣でそれに倣う。
 ちょうど雲に隠れていた太陽が顔を出したのか、鈍色一色だった海面が弱々しい冬の日差しを受けて銀色に光りはじめた。その輝きは真夏のように解放感を伴うようなものではないものの、凛とした美しさに心が洗われるような気がする。

 暫く黙って海を眺める。
 相変わらず風は冷たいが、不思議とそこまで寒さを感じない。

 こっそり隣を盗み見ると、その色素の薄い髪が日差しを受けて煌めいていた。眩しげに目を眇めているので少々目つきが悪くなっているけど、その姿はどこまでも清廉さを失わない。大学人は年を取らないとはよくいったもので、先輩もご多分に漏れずその容姿は出会った頃と殆ど変わらない。いや寧ろキレイさが増した。まぁ同居を始めてから自分が手入れをしているのでその成果もあるかもしれないが。
 気付かれないのをいいことに、もう少しだけ先輩を眺める。
 一緒に暮らしているはずなのに、こうしてみるとちゃんと顔を見るのは随分久しぶりな気がする。絶対、そんなはずはないのだけど。それとも、それほど自分の精神状態はボロボロだっ――
「……何見てんだこの野郎」
 わお、ばれてた!
 可愛コぶって小首を傾げるも通用するはずがない。上目使いで思いっきりガンを飛ばされた。変わらない容姿と比べ、こちらは順調に凄みを増している。おそらく学生からは“鬼の巽”と名高いことだろう。
「そういやお前、時間オーバーしたよな」
 ポツリと落とされた言葉に目を見張る。
 いやいやいや確かに15分じゃ着かなかったけれど、残り30分を20分まで短縮したんだから立派なもんでしょうよ!
「昼飯抜きは勘弁してやるから、あそこの自販機でなんか温かい飲み物買ってこい」
 そう言って指さしたのは今出てきた駐車場。既に結構歩いてきたので距離がある。
『せんぱいの鬼!!!!』
「るせぇ!さっさと行け!」

 急いでコーヒーとココアを買って戻ると、先輩の側にはどこから現れたのか女性二人組の姿があった。年恰好からすると大学生といったところだろうか。もしかして先輩のとこの学生さんなのかな。
 近付いていいものか少し躊躇うと、こちらに気付いたのか先輩が女性たちに背を向けて歩いてくる。いいのだろうか、と疑問を持つ間も無く、あっと言う間に先輩が隣に並んだ。
「行こうぜ」
 目顔で促され、たった今歩いてきた道を逆戻りすることになった。あの女性たちについて話を聞きたいけど、あいにく手が塞がっていて文字が書けない。ああじれったい。
「もちろん俺がコーヒーだよな?サンキュ」
 片手が空いたけどこれじゃまだ字が書けないし、ココアは熱くて一気飲みできそうにない。ならばとスマホを取り出そうとしたところで
「あいつらな、学部は違うけどウチんとこの学生らしくてな」
 苦々しい口調なのは、決して缶コーヒーが苦いからではないだろう。
「授業サボって海にきたんだと。どっちかが失恋したとかで、広い海が見たくなったとか言って」
 これはもう舌打ちでもしそうな勢いだ。でもその女性の気持ちも分からなくはない。要は気分転換がしたかったということだろう。
「だったら黙って海見てりゃいいのに、なんで俺に話しかけて来るんだ。“お一人ですか?”だなんて。わけわかんねぇ」
 まぁ先輩みたいな雰囲気のあるイケメンが一人浜辺に佇んでいたら声を掛けたくもなるだろう。もしかしたら気分が上昇するきっかけになるかも、と思ったに違いない。切り替えの早さはそれぞれとはいえ、その行動に至った女性たちの気持ちは推察できる。
「そもそも失恋ごときで授業サボってるだなんて信じられねぇ。たかだか恋愛だろ?そんなモンでボロボロになってどうする。最近の若いのはメンタル弱すぎだろ」
 そう言って一頻りブツクサ言う先輩を苦笑いで見守る。失恋“ごとき”で命を落とす場合もあるのだけれど、きっと先輩には想像もできないだろう。恋心って複雑なんですよ。
 すると、先輩が何かに気が付いたかのように不自然に言葉を区切り、足を止めた。
 どうしたんだろう、と自分よりも少し低い位置にある顔を覗き込むと、先輩はまるで柔らかいトコロを抓られたような、痛みに耐えるような表情を浮かべていた。
 予想外の様子に思わず目を瞬かせると、そんな自分をチラリと見やってからあらぬ方向に視線を向けている。――そしてものすごく気まずそうに
「あー……まぁ、人の気持ちなんて他人が批評するもんじゃないよな」
 そう言って手元の缶を一気に煽った。これでこの話は終わり、とその横顔が語っている。
 突然の先輩の変化に戸惑ったものの、すぐにその理由に思い当たる。


 まったくもう、どうしてそんなに不器用で優しいんですか。


 思わず頬が緩み、その場で足を止めて落書き帳を取り出した。つられて足を止めてくれた先輩にココアを預け、ペンを走らせる。
『ここに連れてきてくれてありがとうございます。すっごくいい気分転換になりました!!』
 書きつけた文字を見せると、先輩がわかりやすくホッとした。
「そうか。まぁたまにはいいだろ」
『はい。冬の海もいいものですね』
「夏より騒々しくないからな」
『また来ましょうね』
 気が向いたらな、と返事こそ可愛くないものの、口角が僅かに上がったのをしっかりとこの目で見た。こんな一瞬の表情でさえ、自分の気持ちを向上させるには十分だ。
 愛おしいなぁ、と心からそう思う。


 そんな愛しい人は、ココアを一口飲んで「うげっ、甘っ」と呻いている。






 海の後は評判のラーメン店に行き、車の返却時間までのんびりとドライブをした。途中寄った海の駅では魚介類が豊富なうえ驚くほど野菜が安く、先輩経由で松田さんに何かおつかいはないかとリクエストを聞いてもらったほど。クーラーボックスの準備がなかったため魚は諦めざるを得なかったのが非常に悔しい。本気で悔しがっていたら、先輩に「お前ってたまにベテランの主婦みたいになるよな」としみじみされてしまった。
 そして車を返却した足で松田さんのお宅に向かい、そのまま夕飯をご馳走になった。今日一日の報告をするべく忙しなく箸とペンを持ち替えていると先輩が呆れた目を向けているのを感じる(しかし先輩がナンパされた下りを書いたときは容赦なく殴られた)が、松田さんがニコニコしながら聞いて(読んで)くれるのでペンが進む進む。先輩も立ち寄ったラーメン店の美味しさを珍しく熱く語っているし、両方の話を聞くため松田さんは笑顔ながらも忙しそうで――



 そこまではハッキリ覚えている。



 次に意識が浮上したときは、頭上で小声の会話が交わされていた。



「森永君、今日は本当に楽しかったのねぇ」
「まさか飯食いながら寝落ちするとは……」
「運転もしたことだし、自覚している以上に疲れてるんじゃないかしら」
「だから俺が運転するっていったのに」
「いえ、それはやめておいて正解だったと思うわ」
(※声が出てたら間違いなく変な声が漏れてた)
「この前ウチに来てくれた時とは違って、随分笑顔が良くなった。きっと森永君の中で何かを乗り越えたのね」
「……」
「いい傾向よ。もうすぐ良くなると思うわ」
「……そう、思います」
そこで会話は途切れ、暖かい沈黙が下りてきた。少し空気が動いたと思ったら、誰かが自分の顔を覗き込んでいるような気配がする。
「――本当、よく寝てる。そうだわ、宗君、今日はウチに泊まっちゃいなさいよ」
「あー、明日朝イチで使う資料を家に置いてるんで、今夜は帰宅しないと――」
「そう?じゃあ森永君は置いていきなさいな。こんなにぐっすりなんだもの。宗君、朝ご飯の支度ぐらい自分でできるわよね?」
「うっ、まぁ、それぐらい……いや、でも……」
 次第に狼狽えていく先輩がおかしくて、これ以上の寝たふりは難しくなってきた。
 精一杯、まさに「今起きました!」という振りをして身を起こすと、少し離れて座っていた先輩があからさまにホッとした顔をする。この顔、今日は二回目だな。
 顔を覗き込んでいたのは松田さんだったようで、「あら、起きたの」とふんわりと微笑を浮かべている。でも少しその目が何かイタズラっ子のように光ってるのを見ると――これは松田さん、目が覚めていたことに気付いていたな。
「もうちょっと寝ててもよかったのよ?」
 と松田さんは小首を傾げるけれど、とたんに先輩が松田さんの目の届かないところで渋い顔をする。からかわれていた自覚はあるようだ。
 思わず声を立てずに吹き出してしまうと、松田さんも楽しそうに笑い出した。つられて先輩も苦笑いを浮かべるもんだから、もうどうしようもなく頬が緩んでしまう。

 ひとしきり笑って、笑って、笑って、身体の中が暖かい何かで満たされた。





 松田さん宅からの帰り道。
 道の駅で買った野菜と松田さんから貰った惣菜でお互いの片手が塞がる中、空いている手を真横に伸ばした。
 街灯のか細い光源でもわかるほど頬を赤らめた愛しい人は、「調子乗んなよ」と毒づきながらもその手を振り払わないでいてくれる。

 
 調子には乗らないけれど、この暖かさの発信元はあなただと確信させてください。
 
 指先からこの想いが伝わればいいのに。

 
 少しだけ力を込めると、ぎろりと睨まれた挙句に「アホ」と口が動く。それでも手は繋がれたままで。
 だから僅かに顎を引いて視線を合わせながら、心を込めて囁いた。

「           」

 もちろん声は出なかったけど、眉間のシワがさらに深まったのをみて伝わったことを確信する。それにホラ、耳朶が赤くなっている。





 早く声が出せるようになりたいな。
 そして、あなたに心からの言葉を届けたい。











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