ただいま(おかえり)

 ここ数日、全国各地で春の嵐が吹き荒れましたね。
 おかげでこちらでは遅めの開花だった桜も殆ど散ってしまいました……(ノ_<)
 葉桜になる頃には、あっという間に初夏を感じてしまいそうです。


 さて今回のお話は、森永君のうっかり☆ミスでドタバタしてしまうお話です。少しでもほっこりしていただければ、そしてクスリとでも笑っていただければ幸いです\(^o^)/


 ではでは、よろしくお願いいたします。







「ほい、森永。有効活用しろよぉ」

 そんなセリフとともに押し付けられたのは、こんな道端で堂々と出すのは躊躇われるモノだった。慌ててその手を押し返す。
「いやいやいやいや俺はいいです、間に合ってます」
「そんなことないだろぉが。お前はまだ若い上にイケメンなんだから、どんだけあっても足りないだろうよ」
 だいぶ酔っている上司が手にしているのは、約5cm四方のプラスチック包装に包まれた何か。しかも1個ではなく3個も繋がっている。それは二次会のスナックにてママさんが「明日は“良い夫婦の日”だから既婚者の方にはサービスよ」と言って上司に手渡していたモノだ。お店では可愛くラッピングされていたと思うけど、まさか中身がコレだったとは。夜目でもわかるそのどぎつい配色は、明るいところでみると目がチカチカするんじゃないだろうか。
「俺はなぁ、持っていたところで使う場がないというか機会がないというか……まぁ平たく言えば奥さんから拒否されてるというか……」
 そう言って「ううっ」と腕を目元に持っていく仕草がいちいち芝居じみている。しかし声の湿り具合からすると、これは泣き真似ではなくて本気の泣きかもしれない。
 何とも居た堪れない空気になって油断していたところ、突然鞄を奪われた。
「ちょっ!」
「わかってるわかってる、慎み深いお前のことだ、どーせ遠慮してんだろ?ちゃんと鞄の中に入れといてやるからなぁ。あとから財布に移せよ?こんなの仕事中にポロリしたら大惨事だぞ?」
 さっきまでの萎れた姿はなんだったのか。いい笑顔で鞄を差し出してくるので、乾いた笑い声を上げつつ受け取った。周囲の同僚からの憐れみの視線が痛い。
「“良い夫婦”の日だからっていってもなぁ……そんなもん、冷え切った夫婦には使いどころがないんだよぉ……虚しいだけじゃないかぁ」
 やはり先程のは嘘泣きじゃなかったらしく、本格的に湿り気を帯びてくる上司の声に同僚が「まぁまぁ、もう一軒行きましょうか!」と必死のフォローを入れている。それを横目で見つつまだ解放されそうにない雰囲気を察し、夜の闇に隠れるようにため息を吐いた。
 ならばと、ぞろぞろと移動する集団から少しだけ遅れて素早く携帯を操作する。送り先は愛しい人、内容はシンプルに、「先に寝ててくださいね」の一言。そんなメールを送ったところで、何だかんだ理由をつけて自分の帰宅を起きて待ってくれているに違いないけれど。



 あー、早く先輩に会いたい。



 鞄に入ったブツのことなんざ既に頭になく、ひたすら愛しい人を思い浮かべて残りの時間を潰そうと決意した。




 
 *


 区切りのいいところで雑誌を閉じ、目線を上げる。
 壁の時計をみればとっくに日付は変わっていた。ずっと同じ姿勢でいたので身体がガチガチだ。
 身体を伸ばしたついでにテーブルの上の携帯を確認するも、着信もメールも届いていない。最後に同居人から連絡があったのは約三時間ほど前だ。いい加減、そろそろ帰ってくる頃だと思うけど。
 そう考えた矢先、玄関で静かに錠が回る音がした。どうしたって深夜の物音はいつも以上に響く。だから少しでも物音を立てないようにしようとする気遣いなのはわかるが、今のところその気遣いが役立ったことはない。なぜなら
「おかえり」
 ちょうど上がり框に足を掛けた森永に声をかけると、こちらを向いたその顔が一気に綻んだ。まるで大振りのヒマワリが咲いたようなその笑顔は、とてもじゃないけど真夜中に見るもんじゃない。ひたすら暑苦しい。
「ただいまです。先輩、“今日も”待っててくれたんですか?」
「別に待ってたわけじゃねぇよ。本読んでたら時間を忘れてただけだ。明日は土曜日だし」
 駄犬はやたら“今日も”という部分を強調し、見えない尻尾をぶん回す。こうなるとコイツは本当に大型犬にしか見えてこない。
「おい、馬鹿犬」
「わん」
「今日結構飲んできただろ。いつもより顔が赤い気がするぞ」
「うーん、ちょっと上司の愚痴に付き合いまして。結構飲まされたんですよね」
 そんなに赤いです?と頬に手を当てているが、その目も常より充血している。酒に強いはずのコイツが珍しい。
「さっさと風呂入って寝ろ」
「そうですね。でもせっかくだから先輩とゆっくりしたいなぁ」
「アホか。俺はもう寝るんだ」
 水を一杯飲みたいという同居人を急かし、とっとと風呂場に追いたてた。その足取りが少々覚束ないように見えて、茶匙一杯ほど心配になる。あのザルをあそこまでにするとは、一体ヤツの上司はどれほど愚痴が溜まっていたんだか。本来なら自室に直行して休むつもりだったけど、念のため風呂上りの森永を確認してからの方がいいかもしれない。万が一、風呂場で倒れられたらことだ。
 それぐらいの気遣いは同居人としての振る舞いの範囲内だろう。
 それ以上でも、それ以下でも、ない。
 心配、だなんて。
 そんなことをツラツラ考えていると、自分も喉の渇きを感じ始めた。キッチンへと足を向けると、途中何か重いモノに突っかかってしまう。
「っ……なんでこんなとこに置いてんだ」
 引っかかったのは森永のビジネスバッグだった。入社当初から使っているその鞄は革とナイロンのコンビデザインで、ブランドに疎い自分でも質のいいものだとわかる代物だ。スーツ着用の森永がこの鞄を持つと「オメーはモデルか」というレベルで様になるのだが、無駄に見目のいい男のことだ、おそらく1000円代の鞄を持っていても同じことだろう。
 きちんとファスナーを閉めていなかったのか、躓いた拍子にUSBやキーケースといった細々としたものが床に飛び出してしまっていた。思わず舌打ちが出そうになるが、蹴飛ばしたのは紛れもなく自分。しかも、こういうイラっとしたときのサンドバッグは風呂の中。つくづくついてない。
 諦めて散らばった物を回収していくと、中途半端に鞄から飛び出たカラフルな何かが目に留まった。見えている範囲ではおおよそ5cm四方の薄い袋?で、その色は赤とオレンジといった目にも鮮やか、というより目が痛くなるような蛍光色。何の気なしに赤い袋の端を摘んで引っ張り出してみると、オレンジのあとには黄緑の袋がくっついてきた。こちらもやっぱり蛍光色で、目が痛い。なんでこんなに派手にする必要があるのか。合計3個のその何かを目の前に持ってきて観察すれば、手触りから中に円形の薄い物が入っているのがわかった。白抜きで何かアルファベット……と単位?が書いてあったので目で追って――。





 躊躇うことなくそれを床に叩きつけた。
 







 風呂から上がると、既に愛しい人の姿はリビングになかった。さすがに遅い時間なので先輩も休んだのだろう。本音をいえば、もう少し話がしたかったけど。
 それにしても、上司のご家庭は大変だ。結婚何年目といってたっけ。まさかヨソのお宅の夜の事情まで愚痴られる羽目になるとは。ヨソはヨソ、ウチはウチとはいうけれど、いつか自分たちにも上司夫婦のような冷え切った関係が訪れるのだろうか。例えば、自分が先輩に「先輩、今夜いいですか?」とお伺いを立てて、「嫌だ」と言われる日が――。
 そこで我に返る。あれ、それっていつものことじゃないか。寧ろ、それ以外の回答が思い出せない。
 だけど、上司夫婦と比べて(聞いただけではあるけど)決して自分たちが冷え切った関係とは思わない。だって自分がこうやって遅くなった日は必ず起きて待っていてくれるし、ぶっきらぼうな口調の中にこちらを労わる色が透けて見えるし。だから大丈夫、自分たちは上司夫婦のような関係にはならない。はず。
 そんなことを機嫌よく考えながら水を求めてキッチンに入ると、コーヒーメーカーが置かれているカウンターの端に自分の仕事鞄が乗せてあった。何でこんなところにと訝しんだのは一瞬で、先ほど自分が床に放置してしまったことを思い出す。ということは先輩が置いてくれたのかな。鞄の横にUSBやキーケースといった細かいものが並んでいるところからして、何かの拍子で中身が飛び出てしまったらしい。鍵を取り出した時にファスナーをきちんと閉めていなかったか。先輩、躓いて怪我とかしなかったかな。
 後で部屋に持っていくことにして一歩踏み出すと、床の上に色鮮やかな何かが落ちているのに気がついた。
 こんなケバケバしい配色は自分も先輩も好みではないし、何よりこの場にこの色彩は不自然だ。なんだろうと思いつつヒョイと取り上げて、





 一瞬で顔から血の気が引くのがわかった。

 
 



“コンコン、コンコン、”
「先輩、寝てたらごめんなさい、でも起きてもらえませんか」

“コンコン、コンコン、”
「ねぇお願い、少しだけでいいから話聞いて。ドア開けて」

“コンコン、コンコン、”
「先輩、お願いします。話を聞いてください」

“コンコン、コンコン、”
「あれ、見たんですよね。ちゃんと説明するから。お願いだから顔見せてください」

“コンコン、コンコン、”
「あれは俺のじゃありません、今日上司がスナックで貰ったやつなんです。上司が自分は使わないからって俺の鞄に入れただけで」

“コンコン、コンコン、”
「びっくりしましたよね、驚きましたよね。あんなのが仕事用のカバンから出てきたら誰でも驚きますって。俺も家帰ったらソッコー処分しようと思ってましたし」

“コンコンコン、コンコンコン、”
「先輩、聞こえてます?あれは俺のじゃありません、お願い、ここを開けてください」
 

 怒鳴られるのは覚悟の上で、何度も何度もノックを繰り返す。「先輩」「お願い」を何十回も繰り返し、こうなれば工具を持ってきて力づくでドアを開けようかと思い詰めたとき、
 漸く扉の向こうに人の立つ気配があった。
「……うるせぇ」
「先輩!先輩、先輩、ドアを開けてください!顔見せて」
「嫌だ」
 切り捨てるような返事でも、応えてくれたことが嬉しい。声の感じからして、眠っていたわけではないようだ。ドアに縋りつくようにして必死に先輩に呼びかける。
「あんなもの、さっさと捨てるつもりだったんです。本当に、俺が用意したものじゃないんです」
 必死になって再び繰り返すと、
「……お前さぁ、本当に今日会社の飲み会だったのか?」
「へ?」
 想定外の問いかけに、思わず身体を起こしてドアの向こう側を見つめてしまった。会社の飲み会以外で自分がこんなに遅くなるはずがないではないか。一分一秒でも早く先輩のもとに帰りたいと思っているのに。
「いつもそんなになるまで飲まないだろ」
「それはそうですけど、今日はだいぶ上司の愚痴聞きにつき合わされちゃって」
 冷え切った関係だと自ら断言したにも関わらず、上司は奥さん自慢になると話が止まらなかった。ならこんなところにいないでさっさと自宅に帰ればいいのにと何度思ったことか。それにこちらとしては、奥さん自慢を聞かされれば聞かされるだけ先輩に会いたい思いが募って仕方なかった。自分だって、できることなら所構わず先輩自慢をしたいのだから。やっていいのなら、先輩自慢だけでバー5軒はハシゴできる。
「本当か、それ」
 普段より硬質に聞こえる声に現実引き戻された。
「え?」
「どこかで遊んできたんじゃねぇのか」
「――は?」
「だからあんなのが中途半端に鞄に入ってたんだろ」
 扉越しに聞こえる先輩の声は、淡々として抑揚がない。なので、言っている意味をちゃんと理解できなかった。
「あの、言ってる意味がわからないのですが」
「聞こえてる通りだっつーの」
 
 えっと。これはもしかしてアレか。
 
 自分は浮気を疑われているのだろうか。

「えと、先輩?」
「別にお前が外で誰と何をしようが俺には関係ない。ただし、そういう雰囲気を家の中に持ち込むな」
 いやいやいやいやいやいや、何この展開。
「ちょっと待って先輩、ちゃんと話そう?」
「俺は話したくない。もう寝るから邪魔すんな」
 このままでは本当に誤解されたままになってしまうのでは?身体の中に少しだけ残っていたアルコールが一気に抜けていく。

「ちょーーーっと待ったぁ!サイズ!サイズ!先輩、サイズ確認しました?!」
「は?」
「あれ、標準サイズ用のヤツです!俺が普段使っているのはLサイズなんで、あれじゃ小さいんです。だから俺はあれを選ばないし、そもそも使えない。想像してください、あれを使う場面ってギンギンのガンガンな状態でしょ?ただでさえ苦しい状態なのに更に苦痛を与えようなことをしますか?しないでしょ?そもそもきちんとフィットしない時点で本来の目的が果たされるわけないじゃないですか。痛いだけならともかく、最中にずるりと抜けてしまうと考えてください。おそろしく間抜けじゃないですか?間違いなくお互い萎えちゃいますって」

 扉の向こうで先輩が呆気にとられている気配がある。だけど止まらない。

「信じられないんだったら実演してみせましょうか?多分、いや絶対痛いと思うけど、それで先輩の疑いが晴れるというのなら構いません。あ、もちろん実演といっても装着するまでですから。そりゃ本来の目的で使うのが一番ですけど、そのときはちゃんとしたヤツを使いたいですし、俺が普段使っているヤツは袋の中にローションが入って」
「もういいから黙れッ!!!」
 ガンッ!!と内側から激しく叩かれ、ドアが軋んだ。普通の人、例えば先輩が指導している学生だったら「ひっ!!」と身を竦めるところだろうが、今更こんな挙動で怯む自分ではない。寧ろ逆にドアにへばりついてやる。
「いえ、まだです!先輩の誤解が解けるまでっ」
「誤解じゃねぇだろ事実だろ!」
「だから違いますって!俺のが一般的なサイズじゃないのは先輩が一番知ってるでしょ?!あーいう一般的なサイズのは無理なの、痛いの!」
「俺が知るかボケ!!」
「はぁ?!何でそんなこと言うの!確かに最近ご無沙汰ですけど、もう俺の忘れちゃったんですか?!それってあんまりじゃないですかっ!」
「話を擦りかえんじゃねぇ!!つーかいちいち覚えてるわけねぇし!!」
「酷っ……!俺は先輩のだったら平常時から成長後の様子までちゃんと覚えてるのにっ!」
「ひぃいっ!!!」
「あ、貰ったあれ、先輩のだったら丁度いいサイズだと思いますよ。俺には小さいけど」


「お前のが馬並みなんじゃボケェエエエ!!!」 


 今日一番の怒声とともに、天岩戸と化していたドアが勢いよく開かれた。
 寸でのところでそれを避け、現れた荒ぶる愛しい人を捕獲する。
「つっかまっえたっ」
「くそっ、離せっ!」
 なおも暫く先輩は抵抗していたけど、こっちとしてもやっと腕の中におさめることができたのだ。そう簡単に離してはやれない。おかげで漸く先輩が大人しくなる頃には、こちらも相当体力を削られてしまった。
「……覚えてるんじゃないですか、俺の」
「くっ……比較対象がないから頭に残っているだけだ」
「いや、そこで他の男のものと比較されたら先輩こそ浮気したんじゃってなりますからね。先輩は俺のだけ覚えてくれていたらいいんです。俺だけの先輩でいてください」
 耳元で好き好きと繰り返すと、顔を捻って耳を遠ざけられた。そんなことされても腕の中にいることにはかわりないのだけれど。
「もう一度いいますけど、俺、誓って浮気なんかしてませんからね。あれは上司から押し付けられたんです」
 何度も説明したことを改めて繰り返すと、先輩が脱力したかのように大きな溜息を吐いた。
「……別に本気でお前が外でやらかしてきたって思ってねぇよ。あっさり流せばいいのに、お前しつこい」
「流せるわけがないでしょ。俺死ぬほど焦ったんですから。俺が浮気なんてするはずがない、ここまで来るのに何年かかったと思ってるんですか」
 そう言って回した腕に力を込めると、「痛ぇよ馬鹿」と抗議の声が聞こえた。
「今日だって、上司の愚痴をずっと先輩に会いたいって思ってました。だって明日は――いや、日付変わったから今日か。今日が何の日か知ってます?」
 少しだけ腕の力を緩め、自分よりも低い位置にある先輩の瞳を覗き込む。その眼差しは胡乱げだが、決して怒っている様子はない。
「知らん」
「4でヨイ、22でフーフってことで、4月22日は“良い夫婦の日”なんですって。似たようなところでは11月22日が“いい夫婦の日”ですよね」
「んだよこじ付けじゃねぇか」
「まぁ記念日なんてそんなものじゃないですか」
 呆れたような口調の先輩がいつも通りなのが嬉しく、腕に抱えたまま左右に揺らしてみる。すぐさま足の甲を踏まれてしまったけど。
「なんでこのタイミングではしゃぐんだお前は!」
「えへへー、幸せだなって」
 予想外の返事だったのか、先輩がその切れ長の目をぱしぱしと瞬かせた。
「“良い夫婦”の日に先輩を抱きしめていられることが幸せだなぁって」
鏡を見なくても、今の自分の表情がとんでもなく緩んでいることぐらいわかる。
「というか、先輩の待つ家に“ただいま”って帰ってこられるこの日常が、本当に幸せなんです」
 ありがとうございますと囁くと、先輩が眉間にシワを浮かべて視線を逸らした。その不自然に引き結ばれている口元は照れ隠しをするときの先輩のクセだ。愛おしくてじっと見つめていると、何度か躊躇いを見せつつ先輩が口を開いた。
「……まだ今日は始まったばかりだろ」
「うん、そうですね」
「俺、明日、てか今日は午前中だけ学校行くけど、午後は帰ってくるから」
「うん」
「……買い出しとか、付き合ってやる」
「うん」
「だから、午前中はゆっくりしてろ」
「うん。家中ピカピカに掃除して、洗濯物も一気に済ませて待ってますね」
「お前なぁ人の話を聞いていたのか」
「もちろん。先輩が“ただいま”って帰ってきてくれるのをわくわくしながら待ってますね。で、二人で買い出し行って、普段買ってこられないような量を買い込んで、二人で“ただいま”って帰ってきましょうね」
 幸せな予定に胸を膨らませると、腕の中の愛しい人が小さく息を吐いた。
「お前は本当に……」
「ん?」
「馬鹿だよなぁ」
「そう?幸せなだけなんですけどね」
「それが馬鹿だといっとるんだ」
 どれだけムッツリとした声を出されても、長い髪から僅かに見える耳は赤い。なんでこの人はこんなにどこもかしこも可愛いんだか。

「せーんぱい」
「んだよ」
「明日が楽しみですね」

 先輩からの返事はなかったけど、その顔は悪くないって思っている顔だ。これだけ長く一緒にいるのだから、そのぐらいの表情は読める。これからも長く一緒にいるのだから、悪くないってもっとたくさん思ってもらいたい。
 だってなんでもない日常なのに、あなたが隣にいてくれるだけで自分はこんなに幸せだから。

 これからも、ただいまって(おかえりって)が言える(言われる)二人でいましょうね。







「ていうか」
「はい?」
「俺たちは別に夫婦じゃないだろうが」
「えー。似たようなモンです」
「いい歳して“えー”って言うな。一億万歩譲って、もの凄く不本意ながらも便宜上その呼称を受け入れざるを得ない、さもなくば死ぬぐらいの環境下にあった場合、」
「どんな場合ですかそれ」
「うるせぇ、それぐらいありえない話ってことだ。で、その場合はもちろん俺が夫だろうな」
「え、じゃあ俺が奥さんですか?いや、まぁ別にそれでもいいですけど、どっちかってと夜に限っては先輩が奥さ……」
「死ねこの変態馬野郎!!!」













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