仲直りには新じゃがを添えて。

 ここ数日暑い日が続いていますねぇ。まだ五月なのに真夏日を記録しているとか。
 今からこんな感じだと本格的な夏が怖いです((((;´・ω・`)))
 早く涼しくならないかな(違)


 以下、前々回、前回の記事に鍵付きでコメントを下さった方へのお返事になります。

  前々回の記事にコメントを下さったお客様
 わわわ、こちらこそご無沙汰しております\(^o^)/そうそう、一番危険な変質者が一番身近にいるというね……本当、兄さん気を付けて(´Д`*)しかしそのお零れを期待している自分もおりまして……げふんげふん。ぜひまたお時間があるときにいらしてくださいませ〜(^_^)♪

  前回の記事にコメントを下さったお客様
 なんと副作用が!!大丈夫だったでしょうか( ノД`)やはりえろはハードルが高く、なかなかうまいこと兄さんの美しさと森永君の雄っぷりが表現できないですわぁ。。もっと精進致します( ̄^ ̄)ゞ



 さてさて、今回のお話はいつも以上にタイトルがぶっ飛んでおりますが、オリキャラの多村君が登場します。
 多村君にご登場願いましたのは、ワタクシ、前回のGWの連作で何かを使い果たしたようでなかなか筆が進まずでして。でも何とかカタチにしたいのにっ、と身悶えていたところに多村君が「俺が出て行きましょうか?」と手を挙げてくれまして。。書きやすいのです、彼は。今回も二人のゴタゴタに巻き込まれています。
 クッソ長い上に森永君が出てこないお話ですが、それでも宜しいと言ってくださる方のお暇つぶしになれれば(*´v`)


 ではでは、よろしくお願いいたします。







“ガシャンッッッッッ”




「――多村、手が空いたらちょっと来てくれ」


 5月も半ばとなれば、新年度が始まってフワフワしていた構内も通常モードに落ち着いていく。
 それはここの研究室にも当てはまることで、新加入のゼミ生たちの緊張もほぐれてきた頃だったのだけれど。
「はい。この作業が終わったら伺います」
 そう返事をすれば、一瞬にして室内を凍りつかせた人――巽先生は眉間に深いシワを刻んだまま軽く頷き、来たときと同じように勢いよく引き戸を閉めて出て行った。
「……こっわー。巽先生こっわー……」
 新人たちはともかく、どうして俺と同期のお前がガクブルしているのだ。
「何を今更。いつもの巽先生じゃねーか」
「“いつも”怖いんだよ!平然としているお前がおかしいの!」
 冗談半分の同期はともかく、新人たちの顔は本気で怯えているレベルだ。皆希望してこの研究室を選んだハズなのだから、鬼の巽については覚悟の上だっただろうに。そうでなければ、わざわざ倍率の高い研究室を希望するはずがない。
 と、青い顔をしている女子学生が恐々いった程で尋ねてきた。
「多村先輩は巽先生のことが怖くないんですか……?」
「んー、まぁあの視線の殺傷能力はハンパないと思うけど、怖くはないよ」
「いつ頃慣れたんですか?」
 そう言われて思い返してみれば、俺は巽先生のことを一度も怖いだなんて思ったことがない。だって巽先生は幼い頃の自分に影響を与えた憧れの存在だ。なので、崇め奉るならともかく
「ごめん、慣れた以前に怖いと思ったことがないんだ」
 心からの本音と、言下に巽先生は怖い人じゃないという気持ちを込めて微笑む。すると、なぜか質問をしてきた学生の頬にじんわりと朱が上る。あ、やべ、と思った次の瞬間、
「ヤメロこの天然人タラシ」
 背中に同期が乗りかかってきた。
「降りろ重いわ!」
「あー愼太郎って巽先生の私設秘書だから、フツーと感覚が違うんだわ。それにコイツって見ての通りのイケメンだけど、中身は結構ヒドイ男よ?」
「るせぇよ!」
 いやいや何がヒドイ男だ、俺は最初から研究優先だと言っているのに寄ってくるんだから仕方ないだろうが。まぁ割り切った関係だと思っていたのは自分だけであっちは本気だった、というパターンもなくはなかったので、最近は面倒事に巻き込まれないよう気を付けている。気を付けているけど、寄ってくるのは仕方がないだろ。大事なことだから二回言っておく。
 因みに以前、男だけの飲み会でそう反論したところ大変な目にあったことがある。野郎どもが咽び泣く姿を見せられるなんて拷問でしかなかった。
 俺がいかに酷いかを言い募ろうとしている同期を(物理的に)沈め、中断していた作業を再開する。幸い後は簡単な計測だけだったので、頬を染めたままの後輩に指導がてら残りを引き継いだ。早く巽先生のところに行かなければ。








「多村です、失礼しまーす」
 ドア脇のプレートが在室になっているのを確認し、数回のノック後に扉を開いた。

 すると、

「ッ!ゲホゲホッ!」
 突然、目に痛みが走る。涙の滲む目を眇めると室内は一面灰色がかっており、これで天井のスプリンクラーが発動しないのが不思議なレベルだった。原因はわかっている。アレだ。
「ちょっ、先生!!タバコ吸うなら換気して下さい!!」
 勝手知ったる研究室内、最短距離で部屋の奥の窓に辿りついて互い違いに開く。本当は全開にして直線状にあるこの部屋のドアを開ければ完璧なのだろうけれど、この煙が廊下に流れるのはヤバい。とはいえ、正直窓の外に流れるのもヤバい。なぜなら建物内は一律禁煙なのだから。この部屋が学科事務室から離れていて本当によかった。
「おい、書類が飛ぶだろうが」
「我慢してください!」
 窓枠に手をかけたまま振り向いてそう言うと、窓を背にしてデスクに向かっている先生が恨めし気にこちらを睨んだ。いや、この件に関して俺は絶対悪くないと思う。チラリと視線をやったデスクの上の灰皿は案の定吸殻が山のようになっている。一体今日だけでどれだけ吸ったんだこの人は。何をそんなにイライラしているのか。
「先生、吸いすぎです」
「うるせぇ。それよりお前、じゃがいもいらねーか?」

 じゃがいも?

 予想外の単語に思わず目を瞬かせる。今回は煙がしみたわけではない。
 きょとんとしている俺を見て、先生が部屋の中央に置いてあるローテーブルを顎で示す。さっきは急いで部屋を突っ切ったので気付かなかったけど、そこには段ボールが一箱置かれていた。
「鈴木教授んとこのゼミ生の実家が農家なんだと。んで新じゃがを収穫したとかで三箱も送ってきてくれたらしくてな。そのうち一箱が回ってきた」
 近付いて中を覗くと、そこには直径2cmぐらいのものから大きくても5cm程度のじゃがいもが箱一杯に詰められていた。大きさは不揃いながらもその皮は薄くツヤツヤしていて、新じゃが特有の瑞々しさが見て取れる。これはいい新じゃがだ。
「うわぁ、こんなにたくさん。あっちで配りましょうか」
「あー、そうしてくれると助かる」
 きっと研究室に呼び出した理由はこれだろう。ならば早速持っていこうと箱に手を掛けたとき、――はたと思い当った。
「先生も持って帰りますよね?」
 きっと森永さんが美味しく料理してくれるはずだ。先生は自分の分を取り分けたのだろうか。
 そう思ってデスクの方に視線を向けるけど、先生の顔はパソコンのモニターに隠れてその表情が見えない。
「……いや、俺はいい」
「何でですか、こんなに美味しそうなのに」
「いらん」
「っていっても料理するのは森永さんじゃないですか。きっと喜ぶと思いますよ。いくつ必要か俺から森永さんに聞いてみますね」
 早速と携帯を手にした瞬間、何かが倒れる派手な音がした。
 驚いて発信元を見ると、先生が立ち上がって俺を射殺すように睨みつけている。あの音は先生が立ち上がるときに椅子をひっくり返した音か。
「――聞かんでいい」
 地を這うようなその声はおそらく俺以外の学生が耳にすれば即青褪めて震えをきたすレベルだろう。加えてその殺傷能力の高そうな視線は気の弱い学生であれば泣き出すかもしれない。
 しかしあいにくと自他ともに認める私設秘書なので、最早これぐらいでは動じない。この程度でびびってたまるか。巽先生の怒声と殺人光線は標準装備だ。
「何でですか?わざわざ持って帰るのが面倒なだけなら俺が先生の家まで持っていきますよ」
 だって絶対森永さんはコレを見て喜ぶはずだ。普段料理しない俺ですら「何かやってみようかな」と思うほど美味しそうな新じゃがなのだから。こんなに量があるんだし、有効活用してくれそうな人に貰ってほしいではないか。
 脅すような先生の視線に怯まず携帯を操作しようとすると、今度は深い溜息が聞こえてくる。さすがに様子がおかしいことに気付いてよくよく見ると――あれ、先生の顔がいつもより青白いような。
「……先生、もしかして体調悪いですか?」
「全然」
 即答するも覇気がない。
 これは、もしかして。
「……まさかまだ森永さんと喧嘩してるんですか?」
「……」
 無言を肯定と解すると今回の喧嘩はいつもより長引いているのか。だって森永さんから『ごめん、先輩と喧嘩したから機嫌悪いかも』と連絡が来たのは5日も前だ。確かにその連絡を貰った日の先生は荒れに荒れていたけれど、ここ数日は落ち着いていたのに。いや、思い返してみればここ数日は少し機嫌が悪かった、か?
「珍しいですね、こんなに長引くなんて。でもきっと新じゃが持って帰ったら喜んでくれますって。そしてそのまま仲直りできるかも」
 気を取り直してそういうと、

「――持って帰ったところでどうしようもねぇよ」
「森永さん、今日帰りが遅いんですか?大丈夫ですよ、そんなにすぐ腐るもんじゃないですし」
「……」
「え」
「…………」
「まさか」
「………………」
「出て行ったんですか……?」



 無言=肯定。



 手にしたままだった携帯が床に落ち、鈍い音をたてる。音からして背面から落ちたのだろう、液晶が割れる音はしなかった。


「……っ」


 何か喋らなきゃと思うのに声が出ない。

 まさか、そんな、嘘でしょ。

 そんな言葉ばかりがぐるぐると頭の中を駆け回る。いざ唇に乗せようとしても身体が現状を認めたくないのか、なかなか実行に移せない。

 急に押し黙った俺をどう思ったのか、先生がムスッとした顔で一瞬こちらを向き、すぐに視線を外す。そして口をへの字に曲げながら、
「――実家に帰ってんだよ」
 その声色自体は決して明るいものではなかったけれど、そのセリフを聞いて一気に気が抜けた。なんだ、行先がわかっているのか。滞在先がわかっている家出なら大丈夫だろう。というかアレか、「実家に帰らせていただきますっ!」ってヤツか。
 しかしそこではたと思い出す。
「え、森永さんの実家って九州じゃなかったでしたっけ。有休使って帰省しているんですか?」
「あ?……あー違う、その……実家じゃない、親戚の家、だ」
 まぁ実家であれ親戚であれ、ともかく森永さんは親戚の家に身を寄せていると。
「先生、夕飯とかどうしてるんですか」
「学食とかコンビニとかあんだろーが」
 ああ、なるほど。学食はともかく、コンビニ飯が続くのはいただけない。それに森永さんの手料理に慣れている先生がコンビニ飯に満足するとは思えない。かといって、先生が自炊するとは思えないし。

 そのとき、唐突に一つの考えが閃いた。

 先生はこれでこの話は打ち切りだというように、倒れたままだった椅子を起こしてキーボードを叩きはじめた。心なしか、タイピングの速度がさっきより早くなっているような気がする。
「まぁそういうわけだから、全部配ってくれ。俺の分はいらん」
 その表情はモニターで隠れているけれど、おそらくまだ口元はへの字のままだろう。ぐるりと室内を見渡し、あんなに酷かった煙がだいぶ薄れていることを確認してから窓を閉める。チラリとモニターを除き見れば、どうやら先週の会議の報告書を書いているところか――論文や研究に関わる作業でないならば、何も躊躇うことはない。

「先生、」
「んだよ」
「今日はもう会議も授業もないですよね」
「おう」
「じゃあ一緒にThe男の料理しましょう」
「悪いが言っている意味が全然わからん」

 そこから暫く意思の疎通を図るために有意義なディスカッション(という名の説得)をかわした。途中、あまりの怒鳴り声に通りがかった福島教授が中を覗き込んできたけれど(「巽君、学生のときはしょっちゅうそんな感じで森永君を怒ってたよねぇ」となぜか懐かしそうにニコニコしていた)、俺は一歩たりとも引くつもりはなかった。俺以外の学生であれば泣き出すどころか気を失いかねないほどの怒気に当てられても、私設秘書たるもの引いてはいけない時がある。根気よく、冷静に、理論的に話していると、最終的には先生が根負けして首を縦に振ってくれた。これを粘り勝ちという。


「お前たちの年代って我儘っていうか強引だよなぁ……」
 研究室を出るとき、ぼそりと先生がそう呟いた。
 おそらく妹の巽さんと俺を重ねているのだろう、そういうときの巽先生は “教師”というより“歳の離れた兄ちゃん”という顔になる。今もその顔からは普段の鋭さが消え、完全に手のかかる弟をお守りしている兄の表情だ。何も言わずににんまりとしていると、膝で太腿のあたりを蹴り上げられた。
 巽先生がこんな顔をするなんて、多分農学部中の誰に話したところで信じてもらえないだろうな。
 そもそも、これは私設秘書の特権なので誰にも話すつもりはないけれど。








 大学から徒歩10分圏内の我がアパートに着くと、予想はしていたけれど先生は真っ先に本棚に向かった。先生がそっちに気を取られていのは好都合なので、急いで携帯のアプリでレシピを検索する。大体のイメージはついているので、それに近いレシピが見つかればいい。時刻は辛うじて夕方になる前。お茶ぐらいだしたいところだけど、正直その時間も惜しい。少しでも早く仕上げて連絡をしてもらわなければ。
 早々に目的のレシピに辿り着き、本棚の前の先生を引っぺがしてキッチンに立ってもらう。先生も俺も長身にはいる部類なので、二人で狭い学生向けアパートのキッチンに立てば狭いことこの上ない。
「はい、まずはじゃがいもを洗ってください。そのまま使うので、土は完全に落としちゃいましょう」
「……なぁ、本当にやんのか?俺は別に――」
「ここまで来て何言ってるんですか。早くしないと夕方になっちゃいますよ」
 ジトッと睨まれるけれど、「早く早く」と先を促せば渋々といった体で手を動かし始めた。



「あ、そんなゴシゴシ洗ったら皮が剥けちゃいますよ。あくまでも土だけを落とす感じでいいんで」
「どれもちっさいから洗いにくいんだよ。テキトーでいいだろテキトーで」
「ダメですそのまま使うんですから!……全部終わりました?はい、じゃあこの皿に乗せてください。んでラップをかけて、7分レンチンします」
「おー」
「ちょっ、先生どこいくんですか!じゃがいもに熱通してる間やることあるんですから逃げないで!――はい、調味料を計ってください。バター以外はシンクの下の棚に入ってますから」
「一々計るだなんて面倒じゃね?森永なんて大抵目分量だぞ?」
「森永さんは主婦の領域だからできるんです!俺たちみたいな料理初心者はそんな冒険しちゃいけないんです!」
「初心者ってお前、普段自炊してるだろ。こんだけ調味料揃えてるんだから」
「これぐらい最低限だと思いますよ。確かにたまに自炊しますけど、一人暮らしの経験が浅いのでまだまだ初心者です。はい、計量カップと大匙小匙」
「たまにってことはお前こそコンビニ飯が多いんじゃないのか?人のこと言えねぇだろ」
「そんなことないですよ?学食やバイト先で食べさせてもらうこともありますし、誰かが作ってくれることもあります。あ、先生、そっち塩です。砂糖はオレンジの蓋の方」
「……誰かがってお前……」
「俺の分まで用意しているって言われたら食べに行くしかないじゃないですか。無駄にするのも悪いし。あ、もちろん俺が作ってほしいって言ってるわけじゃないですよ?見返りを期待しないでほしいってちゃんと皆に言ってますし。あ、冷蔵庫からバター出しますね」
「……皆ってお前……」
「研究第一、実験優先。これは絶対に変わらない俺のスタンスです。学業に支障はきたしませんのでご安心を。よし、んじゃ今計ったバター以外の調味料と水を鍋に入れて煮立たせてください」
「……お前、いつか刺されないよう気をつけろよ……」



 明らかにドン引きしている先生に鍋を任せ、レンジで熱を通したじゃがいもを取り出す。竹串なんてものはないので、コンビニで貰った箸についていた爪楊枝を一番大きなじゃがいもに突き刺した。抵抗なく貫通したので、他のも大丈夫だろう。思った以上に爪楊枝貫通の痕跡は大きくなってしまったけれど、まぁこれもご愛嬌ってことで。
 フツフツと調味料が煮立った鍋の中にじゃがいもを入れ、2、3分経ったところでバターを投入。木べらなんてものもないので菜箸を先生に渡し、じゃがいもを割らないよう気を付けながら溶け出したバターとじゃがいもを絡めてもらう。
「美味そうだな」
「でしょ?昔母親が似たような料理を作ってくれてたんです。俺の記憶じゃ曖昧だったのでレシピ調べましたけど、多分、こんな感じだったと思います」
 煮汁が少なくなるまで煮詰め、ウチにある食器の中で一番深い器に鍋の中身を移す。更にそこから4、5個は別な器に移した後、両方ともきっちりラップをかけた。
 よし、ここまでおおよそ15分といったところか。料理初心者の自分たちにしては上出来じゃなかろうか。
「はい、こっちを持って帰ってくださいね」
 適当な紙袋に深い方の器を入れて差し出せば、先生はこの上ないほど眉間のシワを深く刻んだ。
「……食いきれん」
「二人分ですもん、ちゃんと連絡してくださいね」
 おかず作ったから食べに帰ってこいって。
 苦虫を噛み潰したような先生に袋を押し付け、徐に尻ポケットに入れていた携帯を取り出す。
「――なんなら俺の方から連絡してもいいんですけど?」
 と微笑めば、それはそれは相手を石にしそうなほど凶悪な視線が飛んできた。心臓が弱い学生だったら一撃で心臓麻痺を起していたかもしれない。
 忌々しそうに舌打ちをした後、先生は短いメールを誰かに送った。
「これでいいだろ、って、わ!」
 先生がジーンズに携帯を仕舞おうとしたその瞬間、それが低く唸りだした。すぐに先生がその画面を一瞥して、
「ふん」
 少しだけ、口角を上げた。
「森永さんですか?」
「……ちゃんと仕事してんのかアイツは」
 否定も肯定もされなかったけれど、アイツ=森永さんなのは疑いようもない。雰囲気から察するにあの短いメールで仲直りができたのか。どうせ意地の張り合いだったのだろうから、仲直りのきっかけは些細なもので良かったのだろう。
「森永さんの仕事が終わる前に出来上がってよかったですね」
 この時間なら、森永さんも親戚の家に帰る前だっただろう。今日は真っ直ぐ先生の待つ自宅に帰ってきてほしい。
 どこかホッとした様子の先生を眺めてほんわかしていると、再び先生の携帯が唸りだした。振動の間隔からすると今度は電話らしい。
「すまん」
 画面をみた先生がすぐさま携帯を耳に押し当てたので、邪魔にならないようその場を離れる。離れたところで隣のリビング兼寝室に移動しただけなので、ドアを閉めたところでたかが知れているののだけど。
「――はい、ええ……本当、迷惑をかけて申し訳なかったです。あらためてお礼に――え?あぁ、はい、わかりました――」
 盗み聞きをするつもりはなかったけれど、なんせ狭い部屋なので一部始終聞こえてしまうわけで。どうやら先生が電話先の相手に謝っているようだ。もしかして学校でトラブルでもあったのだろうか。
「バタバタして悪い、俺もう行くわ」
「学校で何かあったんですか?」
「いや、私用」
 まだバイトに向かう時間ではなかったけど、折角なので俺も家を出ることにした。駅ビルで時間を潰そう。カテキョ道具の詰まったトートバッグを手に取り、先生を促して部屋を出る。さりげなく新じゃがの煮物の入った袋を置いていこうとしたので、そこはしっかり阻止しておいた。
 俺はこのまま駅に向かうけれど、先生は一度自宅に戻るらしい。そりゃそうだ、煮物が入っているのはタッパーならともかくラーメン丼ぶりだ。持ち歩くには大変不向きだろう。
「さすがに器割ったら悪いしな……」
「いやー別にそれは構いませんけどね。中身が無駄にならなければ。どこか距離のあるところに行かなきゃなんですか?」
「伯母に呼ばれたんだよ。こっからだと電車だな」
 場所を聞けば俺が中学のときまで住んでいた地区だった。火災で家を失った巽きょうだいにとっては実家のような家らしく、先生の弟さんや巽さんも帰省するときはその伯母さん宅に帰ってくるそうだ。
 ということはさっきの電話の主は先生の伯母さんからだったのか。何か謝っていたようだし、きっと何か身内のなかでバタバタが――

「ったく何で俺が。馬鹿森永が自分で行きゃいいのに」

 え。

 なぜ今その名前が出てくる。

「俺はパシリじゃないっつーの」

 おそらく聞かせるつもりはなかったのだろうけど、思わず待ったをかけた。

「えと、先生」
「あ?」
「その伯母さんっていうのは先生の伯母さんということで宜しいでしょうか」
「そうだが」
「なぜ今森永さんのお名前が出てきたのでしょーか」
「さっき言ったろ、森永は今親戚の家にいるって」
「親戚の、家」
「おう」
「実家、って最初仰ってませんでしたか」
「俺にとっちゃ実家みたいなみたいなモンだからな」
「先生にとっての、実家」
「おう」


 平然と先生はそう返すけれど、ちょっと待ってくれ。少し頭の整理をさせて欲しい。

 先生と喧嘩をして家を飛び出した森永さんが身を寄せているのは、先生の実家(実際は親戚の家)。

 先生と森永さんは他人。よって、先生の伯母さんと森永さんも血の繋がりはない。

 家出先が、喧嘩をした相手の実家。


 どういうことだコレは。


「いつもなんですか?」
「何がだ?俺が森永の荷物を取りに行くのがか?いつもじゃないけど、まぁ今日みたいにタイミングが合えばな。アイツこっちに帰るって決めたら直ぐ伯母に連絡するから、それで俺んとこにも伯母から連絡があるんだよ。仕事帰りにこっちまで荷物を取りに来るのは可哀想だから俺にアイツの荷物を取りに来いって。でも実際の目的は荷物を取りに来させることじゃなくて説教なんだよなぁ。惣菜もたくさん持たせてくれるけど」
「ということは前にもあったと」
「松田さんは森永に甘いんだよ。何かあったらウチにおいでなんていつも言うからアイツが甘えるんだ。まぁ失踪するよりいいけど。第一あの馬鹿は」
 なおも先生は森永さんをボロクソに貶しているけど、俺はその言葉の半分も聞こえちゃいなかった。新たに知った二人を取り巻く環境についていくのが精一杯で。
「……伯母さんも森永さんをご存知なんですね」
「お前と最初に会った体育祭があるだろ?あの時の弁当は二人の合作だったな。それにここ数年は俺よりも森永の方が松田さんちに行ってる回数が多いぐらいだ」
 え、そんな前から身内公認なの。
 半ば呆然としている俺に気付かず、先生は「じゃあ世話んなったな」とさっさと駅と反対方向の道を折れて行った。一礼をしてその姿を見送る。



 いやいや、色々驚いた。

 驚きはしたけれどそこまで違和感はない。寧ろ、嬉しい。
 だって、森永さんが先生の伯母さんと仲がいいということは、俺が大好きな二人は周囲からあたたかく受け入れられているということだ。これで嬉しくならないはずがない。
 自分のことでじゃないのに、こんなに胸がほっこりすることってあるんだな。
 今日はバイト帰りにちょっといいビールを買って帰ろう。そして先生と一緒に作った新じゃがの煮物をツマミにするんだ。そう考えると、カテキョのバイトも俄然やる気がみなぎってきた。

「やるぞ!」

 小さい声で気合いを入れると、そんな俺が面白かったのか通りがかったおばあさんがにっこりと微笑んでくれた。







 *

 後日朝一番で先生に呼び出され、手渡された紙袋の中には煮物の入っていた器とフードパックが入っていた。中身は何とも美味そうなおかずがたくさん詰められた弁当で。
『新じゃがの煮物美味しかったです。ありがとう』
 添えられていたメッセージの筆跡は、若干右上がりなものの形の整った読みやすい字。見慣れた先生のものとは違うその筆跡に笑みが零れる。
「先生、」
 先生は袋を手渡してさっさとパソコン前戻っていた。因みに今日の研究室は煙が充満していない。デスクに置かれた灰皿もキレイなままだ。
「なんだ」
「森永さんと喧嘩したら、またウチで何か作りましょう」
 そういうと、モニター越しに先生が顔を出した。その眉間はいつも以上にシワが寄せられている。
「アホか」
 直ぐにその顔は引っ込んだけれど、キーボードを叩く音に紛れて聞こえた
「……考えといてやる」
 という言葉に思わず吹き出してしまった。






 まぁ、ゼミのためにも喧嘩しないでいてくれるのが一番ですけれど。

 また何かあったら、俺も手伝うんで仲直りのクッキング(命名、俺)しましょうね。
 












スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる